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11月10 日までの投句より

酒臭き独白の人文化の日   廣島屋

★ 本当の酒呑みは一人で、こんなところに来るものだと聞いたのは、ガード下の屋台のような飲屋だった。荻窪界隈のそんな店には、闇市のにおいがあるともその人は言っていた。ひとりで酒を飲みながら、つぶやくひとりごとを独白といわれてみると、人生という舞台の台詞のようにも思えてくる。アイロニーの効いた文化の日である。(長嶺千晶)

月明かり我白髪とススキの穂    篠塚英子

★ふと傍らのススキの穂の白さに心が惹きつけられたのは、月明かりの中でその白さが際だっているからだろう。その白さから、自分の白髪を意識したときの光景。白いことを嘆いているのではない。人生を肯定した内証の句。(喜代子)

指揮棒の白の残像冬隣      坂石佳音

★かぎりなく振られていた指揮捧の白さはコンサートが終っても残像として残っている。それは、今まで心を奪われいたオーケストラの余韻でもある。その余韻を「白の残像」という表現で見事な詩語に転化している。気がつけば、冬も間近くせまっているが、むしろそれが心地よい季節の入口であるかのようだ。(喜代子)

小鳥来る句帳に余白ありにけり    海音

★小鳥の来る季節の嬉しさが「余白ありにけり」に託されている。その余白に小鳥たちが集ってくるような錯覚さえ覚える楽しさがある。(喜代子)

胃カメラの白い時間や残る秋   さわこ

★胃カメラの検査などとは、考えただけでもたじろいてしまいそうである。それでも、子供のように、泣き叫んで拒むわけにはいかないのである。その時間を「白い時間」と括ったのは独創である。(喜代子)

山間の飯場白菜漬けられ居り    たか楊枝

★作者は意外な場所で、白菜漬けという日常の風景を見たのである。考えれば、飯場でも白菜漬けは必要なのだが、何故か新鮮な風景として捉えられている。(喜代子)

白ワイン冷えて月下美人咲く    中村光声

★白ワインが冷えたことと、月下美人が咲いたことには因果関係があるわけではない。だが、こうして並べられていれば、この月下美人を讃えるために、白ワインが用意されたかのようになるから、不思議である。(喜代子)

天高く白いチャペルの鐘が鳴る   小夜

チャペルの鐘はどんなときに鳴るのだろかと想像したとき、季語がすべてを物語ってくれる。清々と天は高いのであった。澄んだ秋空のもと森の教会に一組のカップルの誕生があった。白いといわれれば確かにチャペルの白が容易に眼なうらに浮かぶのだった。(恵子)

白い雲崩れて沈む秋の湖   ミサゴン

斧を落とした樵の話を思い出す。雲を溶かし雪を溶かし、やがて湖は結氷することであろう。メルヘ ンな幻想に誘い込まれる逝く秋の湖である。(恵子)

白地図に紅葉前線描き込めり   たんぽぽ

★梅や桜の開花を待ちわび、梅雨いりを、そして明けをとわたしどもの暮らしの中で、紅葉前線もまたアクセントの大切な区切りの一つである。淡い花々ではなく、紅葉の取り合わせが白地図の上を一段鮮明にしたのであった。日々の移ろいに気配る人の生活が見えた。(恵子)

白墨の指を休めて鉦叩     橋本幹夫

★ 多くの人にとって、白墨の粉が指につくという経験は、非日常のことである。しかしながら、白墨を使用した経験は、遠き日のこととして、しっかり記憶されていることではある。現に白墨を指にする作者の位置が、充分に理解されるとともに、静謐な現場もみえてくるのである。季語鉦叩が最大に生かされている。(恵子)

二条城秋蝶白き影になる acacia

★二条城という印象の中には、徳川幕府の絢爛豪華な時代とその終焉という長い歴史が重なり、現在となってはあちら側の世界である。秋蝶は、その城から立ち上る魂のように白い影を作り出して、無音の世界を作り出す。巨大な城と小さな蝶が同等の存在感を立ち上らせていて見事である。(喜代子)

白壁や影絵の葡萄刻刻変わる    西方来人

★白壁は城だろうか。蔵の白壁だろうか。あるいは鄙びた古い町に残った旧家のそれなのだろうか。葡萄だから外国の風景かもしれない。どちらにしても、白壁に読み手は独特なイメージを立ち上がらせるだろう。作者は白壁への思いが白壁へ執着させているのである。その執着が「影絵の葡萄刻刻変わる」となるのである。(喜代子)

秋日濃し枯山水の白き波  中村光声

★竜安寺の庭の枯山水がよく知られている所であるが枯山水は、水を用いず、地形によって山水を表した庭である。山水を表した砂礫(されき)が、深い秋の日差しに映えて波模様や水の流れを爽やかならしめ、『秋日濃し』の季語に呼応して一層白く感じられるのだ。(竹野子)

落葉松の散る明るさや白秋忌    森岡忠志

★ 北原白秋は、滑らかな韻律と異国情緒に富み、官能性豊かな象徴的作法で、詩集「邪宗門・思ひ出」歌集「桐の花・白南風」などがあるが後年は、自然賛美に作風を換え、童謡・民謡などを残している。 一方、唐松は、落葉高木で初夏単性花を開き卵形の球果を結び、耐久耐湿性に優れた樹幹は電柱や鉄道の枕木などに適している。秋も深まる頃、葉を落とした唐松の林は明るさを増す。白秋の明るい詩心と重なって趣を深めるのだ。「あかしあの実莢鳴るなり白秋忌・・宇野隆保」を思わせる。(竹野子)

白芒あの世の人へ母叫び    たんぽぽ

★すべてはモノトーンの映像として浮ぶ。その色彩があの世へ呼びかけをしている母をシュールな絵画の中に収めている。そうした絵画的になる距離が、作者の救いとなっているのかもしれない。花芒としないで、白芒とあえてしているところにも、この一シーンの物語がある。(喜代子)

片腕の眠れる真昼白芙蓉     桂凛火

★片腕が眠っている、というのを何と解釈したらいいのか、ちょっと迷った。真昼の気だるさが、片腕が眠っていることに込められているのだと理解したい。白芙蓉のどこまでも主張しない柔らかさが浮かび上がってきて、無音の世界が繰り広げられている。(喜代子)

秋の日の白湯に色のありにけり    acacia

★この句は秋の日差しが白湯の中に差し込んでいるのだと説明したくない。秋日が届いていてもいなくても、真昼の白湯にはなにか色を感じることはある。それは繊細な感覚が見つけた色なのである。その色を見ながら、秋の真昼の静かな充足感に読者は寄り添えればいいのである。(喜代子)

図書館へ曲がる標や白木槿   中村光声

★住宅地のなかの図書館なのだろうか。庭先の木槿の白い花が枝先へ日々咲きのぼってゆく。いつもの通い慣れた道の目印の木槿の木なのである。静かに図書館に通い学ぶ、おだやかな境地が感じられる。白い木槿も凛としていて、学びの「標」にふさわしい。(長嶺千晶)

晩年の余白も楽し真葛原    華子

★晩年を詠む句は湿っぽいものが多い。この句は「晩年の余白も」という好日性がいい。それは我の来し方への肯定でもある。それでも、たぶん作者の内部には晩年というものへの鬱屈がないわけではない。それが真葛原なのである。(喜代子)

夕月夜世は白象の背の上     隠岐灌木

★この句を映像化するなら藤城清治のモノトーンの影絵のようなイメージが立ち上がり魅力的である。しかし、「世は白象の背の上」をどう解釈すればいいのか、ほんとうのところは判らない。ただただ、白象は象の中でもことに神聖視された動物であることだけを意識しながら鑑賞してみれば、すべてを放下した世が見えてくる。(喜代子

白線を引き直したる運動会    ハジメ

★まさに運動会の景。徒競走や毬入れやら騎馬戦と激しい競技のあとの運動会会場の乱れは白線の乱れに現れる。それを見計らったかのように、白線引きの用具が持ち出されて、白線の上をなぞるのである。「白線を引き直したる運動会」とは、新しくなった白線によって、ふたたび活気付いた運動会会場の提示である。(喜代子)

月白のベンチに誰か待つてゐる      たかはし水生

★月が出ようとして空がほのかに明るくなっている。ベンチに一人で座っている人は月を待っているのか、人を待っているのか。作者は人を待っていると断定。もしかしたら座っている人は女性かもしれない。曖昧なので物語を作ってみたくなる句である(禎子)

追伸の後の余白や虫の声       阿愚林

★追伸を書いた後に、まだ余白があるというのは、きっと用件だけ書いて、あまりにそっけないかと追伸を書いたと想像してしまう。もう少しどうしようかなと虫の声を聞きつつ、秋の夜長に考えている(禎子)

地酒酌む白露の宿や峡の闇     岩田  勇

★白露は9月7日か8日ごろである。大分秋めいてきていて、地酒を酌み交わしつつ来し方を振り返っている。宿は山峡の深い闇の中。静けさと虫の声(禎子)

声掛けて白曼珠沙華褒めにけり     中村光声

★ 赤い曼殊沙華の中の、白い曼殊沙華。赤に圧倒されずに凛と佇む白い曼殊沙華、思わず声をかけてしまった。生き生きとした、作者の心の弾みが感じとれる(禎子)

鴨足草日陰の白はやや不安    倉本 勉

★鴨足草(ゆきのした)はもともと目立たない花である。そのことを心得ているかのように片隅に咲いていることが多い。花は5弁で下にさがる2枚が白くて大きく、上の3枚は薄紅色で小さい。花びらの白さが日陰の方が鮮明で、その鮮明さがかえって不安に感じるのは、小さな花へ視点を移したときの思い入れで、共感できる。(喜代子)

ピアノから水溢れ出す月の白    石田義風

★どんな楽器にしても生の演奏を聴く機会に恵まれることは幸せである。 先日丹沢登山口でゆくりなく、尺八の独奏と合奏に独唱のついた演奏 に出会った。尺八一管が青嶺へ揺蕩う気分は聴くものを酔わせる。 掲句は洋楽器の中でも大きなピアノである。一音一音を指が選び出す はずなのに、水が溢れ出すという表現は、演奏者の技量が如何に卓 越したものであったかを言い表しているものと思う。ピアノと月と、自ず と曲目まで読者に想像させたのである。(恵子)

秋空を白鷺一羽ほしいまま    遊起

★小鷺は留鳥で青田の中で首だけ見えたり、刈田でも大概一羽だけで みかける。白という色はなかなか目立つ色であり、秋空には大変適う 鳥である。そこを捉えた句である。ただしコロニーを作られると人間 にとっては、手に負えない鳥でもある。(恵子)

あいたいと白鷺草もはねひろげ    小夜

★あいたいという言葉だけをメロデイーに乗せラジオから流れている。 ちょうどその曲に乗るように鷺草が飛立とうとしている様子。 大概群れ咲いているので乱舞が見えるようだ。白という課題に無理な く秀句を詠まれたことと羨ましく思う。(恵子)

北国のあまりに白き昼の月    ミサゴン

★十年ほど前に、ミャンマーに慰霊の旅をした時のこと、地平線に沈む太陽と地平線から顔を出した満月は、赤味を帯びた紅黄色の月であった。北海道辺りから見る月はどんなものなのか?冴え渡った夜の月に比べて昼の月は、白さが際立っているのであろう。『あまりに白き』の措辞によって、北国のリアリティーが見えてくる。(竹野子)

頬撫ずる風みな白き花野かな   中村光声

★秋の花野は、訪れる人に応じて多様な思いを抱かせるものであるが、物の哀れを感じさせるものでもあり。草木を渡る風の色は多彩に感じられるが頬を撫でて、過ぎ行く風は、世情の風と呼応してみな白々しく思えるのだ・・・。(竹野子)

白票を投じて秋の総裁選     橋本幹夫

★国の大計に基づいた政策が必要なときに、参院最大野党の民主党は、政略優先で国会審議を拒否して政府提案の議案をことごとく否決してしまう。誰が総理になっても「ねじれ」は解消しない。総裁選だからこそ「白票」でもよいであろう。衆議院選挙では、真に国民の生命と国の安全を守る責任ある政党に一票を投じるのである。「時を得た」時事俳句である。(竹野子)

白神の山毛欅林より秋の声  横浜風

★世界遺産にも指定され、白神山地は観光客もにわかに増えているという。美しい山を保つのに必要な多くの水を、山毛欅(ブナ)林は蓄える。山毛欅林のやわらかな緑に、北国の湖に、作者はすでに秋の気配を感じとったのであろう。秋の声に静謐さがただよう。(長嶺千晶)

真白なる喉仏拾ひ夏終る 宮島 千生

★日常の感覚では「夏終る」と云われれば、八月の終わりに思えてしまうのだが、暦の上の晩夏は八月の初めに終っているのである。それでも、やはりこの句は日常感覚の八月末を感じながら味わいたい。骨と云わないところに、作者の美意識が働いている。夏という生命力旺盛な季節を最後にする人が、どの季節よりも「白」を鮮やかにしている。(喜代子)


予選句

 
黄落や白きポットの暖かくしま
犬連れや乳白色の霧に消え西方来人
凌霄や札所はじめの四萬部寺米田睦治
白きものそれは隅田の都鳥橋本幹夫
プランターに白菜育つグゥチョキパァーミサゴン
白い歯の八本生えてハローウィン曇遊
秋冷や白磁の壷に罅一本中村光声
目白来て木瓜の一葉を落しけり中村光声
白黒のひばりの唄ふ暮の秋中村光声
文化の日白いお空に日章旗橋本幹夫
使者一人白手嵌め読む文化の日橋本幹夫
亡き友の四十九日なり神無月篠塚英子
耐えて立つ白くなびいてススキの穂篠塚英子
秋の日や大道芸の面白き西方来人
白線を流して山の笑いけり黒猫
木漏れ日や白い茸のある小路西方来人
秋蝶や白き花見て乱舞かな西方来人
犬連れや乳白色の霧に消え西方来人
柊は父の形見や白き花橋本幹夫
山茶花の白い小径や下校時間曇遊
冬波や引くに残して白き貝殻西方来人
目白来て木瓜の一葉を落としけり中村光声
はるかなるもの白桃の芯にあり中村光声
児のかひな白いおふねとヨット指すたか楊枝
半蔵門白ひがんばな夕日さす小夜
押しなべて晩秋の色白々し岩田  勇
青白き画布抱へゆくハロウィーン廣島屋
秋深し白壁に触れゆかりの地橋本幹夫
ネクタイの白が集ひぬ秋日和橋本幹夫
紅白のテントが並ぶ七五三緑浪
白い雲地上に降りて蕎麦の花ミサゴン
蜜月のうそ白々し四月馬鹿たか楊枝
白い秋思ふ事無しペダル漕ぐ間者
白球の行方はるかに天高したか楊枝
大菊の白さに触るる小さき指ミサゴン
白昼の負けず嫌ひや梅擬橋本幹夫
白式部梢の処処に収まりぬ橋本幹夫
白けてる 繁華街の 朝の街松代芭七
木曾川の白波かそけき秋を行くacacia
白いシャツ似合う秋の船の旅acacia
煙突の煙は白し框は実に久保 筑峯
葉の散りて白さをさらす冬木かな西方来人
秋蝶に白色増えてきたような西方来人
秋の浜白き珊瑚の欠片あり中村光声
白河の関の疎林や色鳥来中村光声
白い秋思ふ事無しペダル漕ぐ間者
白旗のさやかなりけり白晒shin
旅鞄白いコスモス歩き出す曇遊
白壁に饒舌ならぬ秋の蝶acacia
白すすき少し死人のにほひせり匙太
白き巣に枯葉揺れいて主見えずまさみつ
九重の山霧に浮かぶは中也かも正充
白ワイン栓を抜きたり菫の香りん
神無月ハツユキソウの白き夢小夜
彼岸花赤でも白も同じ枯れミサゴン
繊月のしずかの海へ白くじらミサゴン
花芒うねりの中の白き風ミサゴン
運動会白い鉢巻尾の長し橋本幹夫
秋天や白雲一朶うすかりし橋本幹夫
そよぎゐるひとむら白きおとこへし中村光声
秋天や横に劈く白き雲中村光声
白壁に凭れて聞きし秋の声中村光声
鼻先に白き林檎の響あり中村光声
伝え聞く義民の墓や白桔梗西方来人
白菜の小虫潰すや小半時西方来人
白桃に時間忘れて語りけり西方来人
夕顔や時節を過ぎて白き花西方来人
記念樹の白樺の花咲きにけり西方来人
ただいまと白粉花に声を掛け西方来人
白牡丹散りて水面を飾りけり西方来人
紅白のグラジオラスの花をめで松代芭七
ぴたぴたと己が足音霧白したんぽぽ
十五夜が恋の通い路白く染め小夜
冬の旅白、白白き機内食acacia
連れ添ひの白きが床し秋袷橋本幹夫
ほの白き日を宿したり芒原中村光声
秋暁や山裾に湧く真白雲中村光声
木の実落つ白馬の王子まだ来ない曇遊
花野より地熱発電白げむりたかはし水生
ぴーひょろろ誰をよぶやら白い雲acacia
白髪を梳ける風の香金木犀しき子
秋の日の日の丸白くはためけり中村光声
白菜のごろごろと土芳しき 森岡忠志
白菜の岬に鳶の乱舞かな森岡忠志
やわらかき母の手白し秋の風中村光声
白秋やホ-ムのベンチ独りじめミサゴン
白波の頂点崩れて稲を刈るミサゴン
秋風に白髪の友集いたり半右衛門
落日や老いに狂気の彼岸花半右衛門
あの子には白いセーター似合うかな半右衛門
農婦には土のキャンバス白き花acacia
蝋紙に白き折り目や月の雨shin
激白の妻やバレンタインの日岩田  勇
かたきみもはじけて白き綿の花小夜
一行詩めく白蕊の曼珠沙華中村光声
ねぎ白く鴨鍋つつく日暮れかな根岸六郎
白き布ナースが畳む秋の夜中村光声
清め塩白く俵に九月場所橋本幹夫
白猫のまなぶたたたむ秋の昼
鞄から白い絵の具を夜蛤曇遊
告白もせぬがよろしき鳳仙花玉裳
白間から行く秋の空まつすぐ曇遊
秋祭輿締む綱の白さかな宮島 千生
はらからは皆早世や風白し華子
それぞれの余白人生新酒酌む 宮島 千生
紅白の運動会や孫の跳ぶ 緑浪
群生の真中にひとつ白曼珠沙華中村光声
白線の蟹股模様運動会阿愚林
画布にまだ余白のありて秋の声中村光声
帆走の白き貴婦人雲の峯岩田  勇
白魚のはらりと崩るすまし汁岩田  勇
白壁の厠に高き蝿の声acacia
白秋や今も小江戸は藷の町森岡忠志
まあいいか孫の腕白馬肥ゆる森岡忠志
十五夜や白いウサギをひざにのせ小夜
秋晴れの余白を吊るすクレーンかな中村光声
白萩や瀬音に添ひし遊歩道中村光声
白金の森を歩めば秋高し中村光声
北国のあまりに白き昼の月ミサゴン
烏啼く李白の詩の夜長かなとみたようすけ
千回の募金クリック秋白し隠岐灌木
それそこにマリア観音白桔梗たかはし水生
白よりも秋紫になりにけり岩田  勇
秋の日を白壁に受けゼラニウム大丈夫
雨降ればレトロの白いブラウスでacacia
かはたれの白のときめき深山霧石田義風
白い船トビウオ飛び交う海を行く緑浪
卒業の白黒写真母の夢祥子
白きもの米と満月汝が項橋本幹夫
秋祭白き米粒炊き上がる祥子
白砂に石の鶴亀敬老日 中村光声
鼻歌の黒白打ちて秋うらら西方来人
語りくる白粉塗りた案山子かな西方来人
秋祭見る阿呆らの白テント宮島 千生
白萩のたわわに苔の石畳 中村光声
月白に棚田は天へつながりぬ中村光声
秋高し白髪頭の肩車宮島 千生
天高く白いスイッチ押そうかな曇遊
白壁に風鈴響く武家屋敷西方来人
内中のきらりと朝陽白露かな西方来人
ひと夏の思い出ぬらす白露かな小夜
打ち寄せる波より白し雲の峰富沢
白踏んで渡る秋暑の交差点中村光声
炎天の午後白昼といふべかり岩田  勇
白秋の生家ちかみに今年鯊 たかはし水生
真っ白な風のシーツや糸瓜の忌さわこ
白足袋の縁を踏まずや夏座敷 西方来人
白靴にひとすぢの黒葛の花 隠岐灌木