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春潮に洋酒瓶より白き船      祥 子

★荒れ狂った冬の海と違い、穏やかな日差しの中を春の潮が射す。捨てられた物であろうか、白色の洋酒の瓶と思しきものが浮かんでいる。瓶の白さに気をとられながら、沖に目を運ぶと、真っ白な船体が陽光にまみれながらゆるゆると入港して来る・・。小さな瓶の白さと大きな船の白さ、その光と影の対比が面白い。(竹野子)

★洋酒の空き瓶いっぱいにとても瓶の口からは入らないだろうと思われるほどの帆船などが詰まっているボトルアートの世界。見た目の不思議さがメルヘンを誘う。春潮へ瓶の口を抜け出して白き帆船が出航しようとしていると見立てて作者は春を楽しんでいる。(千晶)

花やつで西洋菓子屋は入院す   三千夫

★やつでと洋菓子屋が入院する、物語的な面白さが秀逸。(もとつぐ)

★花やつでとは、大きな手を連想させる花である。然れば、この西洋菓子屋こそ先般来より世間を騒がせている老舗「不二家」のことか。入院中とはよく言ったものだ。 「山崎パン」と言う、大きな医者の手によって、手術がなされ退院の目処がついたようで、製造が再開されるようである。「入院す」がお見事で、時事俳句の面目躍然たり。(竹野子)

冬晴や巡洋艦に指鉄砲        siba

★巡洋艦にねらいをさだめた指鉄砲は、いたずらっ子のような表情を見せて、その実、その気概においては優るとも劣らない力強さをこめているのであろう。スケールの大きな情景を鮮やかに見せてくれのも冬晴の晴れやかさであろう。この季語以外に、こんな映像を包括してくれるものはなさそうである。(昌子)

★若い頃、戦艦の模型を囲みながら、指に輪ゴムを絡めただけの指鉄砲で打ち合って遊んだことを思い出した。先年、横須賀を訪れた時に巡洋艦が停泊していた。ひとさし指と中指を真っ直ぐ伸ばし、おや指を引き金のようにして、プシュン・プシュン とやっては、人知れず童顔にかえったことが懐かしい。巡洋艦と指鉄砲との出合いには「冬晴れ」がよかろう。 季語の働きを重視したい。(竹野子)

洋行と言いし昔のつばくらめ     三千夫

★ヨウコウ、そのなつかしいひびきとともに、かの大空の下の往き来がいまにしのばれるすばやい飛翔のつばくらめ。それでいて端正な燕尾服を着こなし、尾羽を引き伸ばしたさまなど、仰ぎ見る度に颯爽たる気分をよびもどしてくれる。作者の眼前にひるがえった燕は漆黒の影絵のようであっただろう。(昌子)

洋花の長たらしき名風光る      たんぽぽ

★長い名を持つ花が何であろうと風光るという季語がその風情を髣髴とさせた。風にゆれる英が目に浮かんできた。(恵子)

★そう言われてみれば、洋花の名前は長い。長くてしかも意味が分からない。それでも、その花の醸しだす気分とともに、われわれはいろいろな洋花の名前を記憶していく。「なんていう花なの」と聞いてみても、長い名前で一度では、頭の中に納まらない。そんなかすかな不満が、可笑味となって(風光る)の季節のたゆたいを現している。(喜代子)

ダンデイーは洋行仕込み生身魂  岩田 勇

★今洋行といえば中国語読みの外国商社と間違えかねないほどに世の中E臨は変わってしまった。しかし洋行仕込みが洋行帰りとは違うバイリンガルの増えた現代に自然にうなずける中七であった。ご長命な方の存在感でもある。(恵子)

モノクロの洋画劇場春隣        たんぽぽ

★劇場は瀟洒な劇場ではなく場末の劇場だろう。かっての華やかなモノクロ映画に春がちかずく。モノクロの鋭い画面は棄てたものではないよ。(もとつぐ)

春愁や洋上に降る宇宙線  潅木

★宇宙線は超新星の爆発によってできると考えられている。宇宙空間に存在する高エネルギーの放射線や地球体気に入射してできる放射線のことを言うらしい。それが地球にどのような影響を及ぼすかは私には知識がなくてよくわからないが、作者の春愁の季語で、どうも良い影響ではないことがわかる。宇宙規模まで内包したスケールの大きな句となっている。(千晶)

花びらを浮かべて何処へ太平洋??     半右衛門

★太平洋ということばにつけ加えるものはな。ただただ広々とした海原を提示するのに、はなびらを配置していると言ってもいい。それだけで、十分海原の青さが感じられ、海原の果てしなさが感じられる(喜代子)

母の自慢祖母の洋装煤払ひ       高楊枝

★煤払いとは、年末の大掃除のこと。大きな家なら、家族総出で、いつもは手のとどかない高い梁の煤払いをするのである。この句の面白さは、その賑やかな雰囲気を(母の自慢祖母の洋装)と畳み掛けているところにある。母は年月の中の智恵を発揮し、あるいは押し付けているのかもしれない。そして、いつもは和服で過ごす祖母がセーターにズボン姿でいるのだろう。(喜代子)

茫洋と息子の佇てり毛皮着て       戯れ子

★この茫洋は、息子の心境を感じ取っている作者の言葉なのであるが、なぜか背景に海を感じてしまう。それも、言葉の力である。息子と言っても、自分と背丈の変わらない息子が、毛皮に身を包んで、余所目には屈強な男の姿なのだろうけれど、茫洋とみえるところが親心なのである。(喜代子)

冬耕に茫洋として古老立つ       半右衛門

★冬耕は、春耕のきらめくような趣と違い、身が引き締まるような厳しい一面が披瀝されているものだ。この句の主人公も、若かりし頃より農事に精通し、古老となった今日も畑に立つ、農村の幾星霜がしのばれる。(竹野子)

洋菓子のペコちゃん好きよ春を待つ   曇 遊

★ペコちゃんと言えば、幼き頃より慣れ親しみ、子供に人気の「不二家」の代表的なシンボルマークだ。ところで、如何したことか、食品を扱うものの責任と誇りを失った、長年に亘る不祥事の発覚である。はなはだ残念なことであるが、関係者一同心身を洗い清めて、子供たちの夢と信用を商品の真価を持って再生してほしい。揚句に込められた思いは「春を待つ」にすべてが凝縮された「不二家」再生へのエールと受け止めたい。(竹野子)

★折り悪しく社会風刺に成りかねないが、団塊族以上にはぺこちゃんは洋菓子やキャラメル類の象徴であった。企業を応援するつもりもないが、ぺこちゃんに栄光あれ、頑張れ!(西田もとつぐ)

洋館が夢二の詩に光る春       曇 遊 

★竹下夢二の絵から出た言葉に、「夢二式」と言うのがある。睫(まつげ)が長く瞳の大きい繊細で憂鬱な表情にあふれる美人画の様式のことであるが、洋間に掲げられた夢二の美人画を見ていると、ほのぼE臨のとした春の光と遊び心が、洋館の内にも外にも満ち溢れて来るのであろう。殺伐とした世相にあって、別世界に居るような安らぎの一時である。(竹野子)

洋梨のワイン煮好み白寿なる    石井薔子

★ラ・フランスを白ワインでシロップ煮にしたものがお好き。赤ワインもいいが、やはり白ワイン、高潔なお人柄のしのばれる白寿である。明治生まれは、働き盛りに戦争があって苦労の多い日々であった筈だが、案外明るい方が多いようにお見かけする。これは若き日に、コロッケ、マヨネーズ、カルピス、グリコ、印度カレー、等などハイカラな食品をたっぷり召し上がって成長されたせいだろうか。いずれにしても一句の姿は垂涎の的である。(草深昌子)

★洋という字はは難しい、どうも取って付けたようになる。薔子さん洋梨の洒落たワイン煮静かな幸せな白寿おめでとうございます。(西田もとつぐ)

牡蠣燻す太平洋をぎゅっと詰め     shin

★牡蠣のぷりぷり感は燻製にしてもそこなわれない、それに桜材などの煙の香りがたまらない。このレシピをどう表現するかつまり「太平洋をぎゅっと詰め」に如かず。太平洋という最大級のものを絞って燻して、そのエキスであるのだから、これはもう酒の回ること間違いない。なんともおいしい一句、ご馳走さまでした。(草深昌子)

風花や音軽やかに洋鋏        たんぽぽ

★裁ちばさみや羅紗を切るはさみを自分以外の者に使われることは非常に嫌われた。紙を切り姉弟喧嘩になるシーンは文章にもたびたび描かれる。型紙を載せ、一と鋏入れるときの緊張感は特別のもの。それが風花という量感から遠い季語と軽やかに運ばれる鋏の音??で、達者な洋裁の腕前の持ち主を想像させるのだった。(恵子)

どれどれと洋間に作る置炬燵     祥子

★課題の文字を用いるために無理が多い中で掲句は不自然さを感じさせなかった。正月に子供連れの客が重なった折などに、見かける光景ではなかろうか。忘れられそうな季語が生かされて光っている。(恵子)

冬茜無人の洋館明るうす       銀の星

★冬茜が洋館の白壁に映えて美しい。時代を経て無人となってもがっしりとした外観には凛とした明治の気骨まで感じられる。冬茜の明るさに、春の近いことに気づかされる。景の美しい一句。(千晶)

手際よく洋間ベランダ豆を撒く    町田十文字

★立春はもうまもなく。その前日の節分の夜「鬼は外」と邪気を追い出してゆく。「手際よく」という言葉で年配の主婦が浮かんでしまうのは私の偏見だろうか。一句にたたみかけるようなリズムが生まれている。さて洋間に撒いた「福は内」の豆を掃除するのは一体誰なのだろう?拾って食べる???(千晶)

煤払読まぬ洋書は捨つべきか       祥子

★いつの間にか溜まってしまう本の山。埃の原因ともなります。それでも単なる書類と違って、何となく簡単に捨てられないのは、そこに自分のインテリジェンスの蓄積を覚えるからでしょう。洋書となればなおさらのこと。古本屋にリサイクルもおすすめですが、交通費を使ったらわりがあいません。今年の煤払まで、ハムレットのように考えて、答えを出してみては。(千晶)

銭湯の太平洋に柚子浮かぶ      半右衛門

★銭湯も最近はあまり見かけなくなった。まして柚子湯の銭湯に入るなどという機会ももなくなってしまった。広々とした湯面を太平洋に見立てた手柄。壁絵の霊峰富士をながめながら、、柚子湯につかり、心まであたたまっている作者がいる。(千晶)

★銭湯の書き割りに椰子の木が描かれている、湯船は太平洋であるそこにぷかぷか浮かぶのは冬至の柚の実である。太平洋に柚を浮かべて楽しい。無病息災間違いなし。(もとつぐ)

洋燈のぼんやりともる雪の街     たかはし水生

★雪国の暮らしを知らぬ人間には、なぜランプが使われるのか不思議なのです。しかし掲句はメルヘンな世界を想像させます。物音が吸い込まれた白い道の果てに、月が暈を被ったようなランプがともる。実用の明かりではない雰囲気を醸しだす明かりなのです。(恵子)

★日本からスイスへは、直行便で13時間。チユ−リヒ・クロ−テン空港で、パスポ−トを提示するだけの簡単な入国手続を終へ。ユングフラウヨッホ・マッタ−ホルンへの冬の旅路。クリスマス前だったので、家々のテラスは装飾され光源の洋燈がかもし出す情趣が懐かしい。揚句の場合「 雪の街 」が何処なのか、読者に託したことで想像が広がり、旅の楽しさと街の風情を思い起こさせてくれる。(竹野子)

大空を洋凧和凧はぐれ雲        はる

★あっカイトだ、と通り過ぎるところを、俳人の目は奴も見つけたのでしょうか。大空ですから河原のような視界の開けた場所であり、申し分ない凧日和が目に浮かびます。違和感のない洋だと思いました。(恵子)

洋館に憧れし頃根深汁        たんぽぽ

★戦中戦後に育った者は、否応なく西洋文化の波にさらされる宿命の道を余儀なくされたもので、ピアノがあり、その上にはフランス人形が置かれ、洋燈のともる一間のある暮らしを夢見た世代である。「 根深汁 」とは、葱を実として、味噌または澄ましに仕立てた葱汁のことであるが、一椀ごとに、親子の絆や兄弟姉妹のいたわりのようなものが思いやられて、身も心も温まるようであった。あの頃の温かい家庭の絆を呼び戻したい昨今である。(竹野子)

凩や洋酒の瓶の転がりぬ        海音

★屋外は勿論凩の強い風が吹き荒れている。その気配は、家の中にいても、いろいろなもの音で感じ取ることが出来る。凩の最中の洋酒の瓶。それが何んだということにもなりかねない風景であるが、凩に心を捉われている作者の空ろさの象徴にも思われる。(喜代子)

海鼠食み太平洋の果て偲ぶ     acacia

★海の動物にはいろいろと得体の知れないものがあり、海の鼠と書くのも興味をそそられる。たしかに、鼠のような色と大きさを持っている。この句の「太平洋の果て偲ぶ」は、海鼠の歯ごたえと呼応して、その質感を感じさせてくれる。噛んでいるうちに、作者は水平線の彼方に運ばれていくのである。(喜代子)

雑煮椀おんな四代洋々と        祥子

★わが家のお雑煮は丸餅に西京味噌、入れ忘れてならないのは八つ頭である。「わが家」のと言うのは雑煮ほどナニナニ家で仕上げ方が違う食べ物はないように思われるからである。私の実家を継いだ姉は今年も「おんな四代」のお雑煮を祝った。明治生まれの母、昭和生まれの姉とその娘、平成生まれの姉の孫、である。銃後を守った九十八歳の母を筆頭に、わが家式が延々と意識され、継続されて、今ここにいただく雑煮椀。子を産む女の辛抱強さをこめて「洋々」とは、よくぞ詠ってくださったと、めでたさをしみじみ味わっている。(昌子)

十二月八日太平洋燃ゆ       森岡忠志

★十二月八日と言は太平洋戦争勃発の悲劇の始まりである。あれから六十六年、またきな臭い気配が流れてくる日々である。別な意味で真珠湾の悲劇を忘れるなでもある。(もとつぐ)

綿虫や外洋からの殉教者        ミサゴン

★綿虫を殉教者ととらえた詩的な感覚がすべてである。この綿虫の行方は知れずで、外洋に現れまた外洋に消える。(もとつぐ)

りんごの木植ゑて洋々たる老後    たんぽぽ

★団塊の世代(昭和22年〜24年のベビーブーム時代に生まれた世代)が定年となり、老後の年金問題など多くの課題に直面している昨今にあって、掲出句の場合は、そんな憂いなど微塵もなく、洋々たる老後であるという。 備えあれば憂えなし! りんご園の広さや大きさが、水天彷彿たるごとく、花の盛りを経て色づき豊かな林檎の園となり、収穫のよろこびが伝わってくる。(竹野子)

★洋々たる老後というフレーズがうらやましい。何故りんごの木なのかと問われると、限定できない気もするが、赤く色づいた実をいっぱいに生らせたりんごの木は豊かさの象徴ともいえるだろう。(千晶)

外洋に視線龍馬の懐手          ヒデ

★桂浜にある龍馬像は意気軒昂とあるがしかし茫洋と外洋を眺めるつかみ所のない大きな人物か。(もとつぐ)

★高知県の南部、浦戸湾湾口にあり、月の名所でもある「 桂浜 」に、威風堂々たる銅像がある、それが、あの名声高き坂本竜馬の立像である。 大政奉還に尽力するも、新生日本の誕生を見ることなく1867年に京都の近江屋で中岡慎太郎とともに幕府の見廻組に殺害された。 実に32歳の青年竜馬の胸の内は「 懐手 」にあり、その視線は開国羨望の外洋に向けられていたであろう。(竹野子)

茫洋とゐて憚らず昼炬燵       石田義風

★明治生まれの私のははは炬燵を嫌った。炬燵に入ってしまったら動けないから、が理由であった。掲句は勿論殿がたの作で微醺でも帯びておられるのだろうか。正月風景を想像した。そんな設定なら、茫洋も生きるし気兼していないという断りも分かる。(恵子)

家々に洋室和室餅飾る        祥子

★言われてみれば確かに一部屋は和室が欲しい、畳の部屋が欲しいという会話をよく聞く。節季の伝統を継いで御鏡は床の間だろうか。勤めていたころ経理課は金庫の上に適当な大きさの餅が飾られていたのを思い出した。落ち着いた住宅街の心豊かな暮らしを髣髴とさせる一句である。(恵子)

洋々と伴侶見せ来る寒雀        愚蛙

★この句を面白くしているのは「寒雀」の季語の斡旋である。伴侶を見せに来ているのは人間界だと思うのだが、同時に雀の世界のことのようにも思えてくる。そう、どちらにだってそれが成り立つところに俳諧味が生れ、厳しい冬景色の中で和むのである。(喜代子)

樟脳の香り冷たき洋箪笥       半右衛門

★樟脳の香??りを「冷たい」と捉えたのが感覚である。実際には洋箪笥をあけた時の、中から溢れる空気が冷たいのかも知れない。しかし、その空気の匂いが樟脳の香りだったから冷たいのだという逆の思考が、一句を成したのである。(喜代子)

洋菓子も和菓子も好きで炬燵番      祥子

★肥るでしょうねえ、、でもなんて味わいのある炬燵でしょう。やがて〈うたたねの夢美しやおきごたつ より江〉、になるのでしょうか。現代人は忙し過ぎて、このような贅沢な団欒の時間がなくなってしまったことを一句はさりげなく気付かせてくれる。暖かくて幸せな句である。(昌子)

洋一字賀状一杯書きにけり        acacia

★紋切型の挨拶文を受けるより、こんな年賀状を頂いたらいっぺんに新年が洋々たる思いに満たされるであろう。「一字」かつ「一杯」は、「最小」かつ「最大」の寿ぎである。小さな穴から大きなものを覗く世界、ここに俳人の心意気がしのばれて感激の賀状である。(昌子)

洋館の音の絶えたる寒さかな      遊泉

★しんと静まった館。まるで冬館とでも言いうるような明治の洋館なのであろう。がっしりした石作りの建物。磨きぬかれた木の床。音が途絶えたことで逆に寒さを覚えることが、繊細な感覚となっている。(千晶)

木枯や赤いクロスの洋食屋       たんぽぽ

★下町の古い洋食屋であろうか。とっておきの赤いクロスが、肉汁の湯気まで想像させてふっと和ませる。それは、枯葉の舞い散る瀟殺たる窓外の風景をいっそう引き立たせるものでもある。〈木がらしや目刺にのこる海の色 竜之介〉は青色。この青色に勝るとも劣らぬ赤色が文字通り出色の一句である。(昌子)

極月の内田洋行本社ビル         乱土悲龍

★事務機器、文具の会社として名高い内田洋行。その本社ビルがどこにあってどんな風なのか知らなくても、この朗朗たるひびきの一句はいかにも一年の終りという余韻に収まっている。これが三井住友本社ビル、ではサマにならない。文房四宝を思わせる濃密な時の流れの詰まっている極月である。(昌子)

極月や父のにほひの洋箪笥        坂石佳音

★母親に頼まれたのであろうか。観音開きをしたときふと防虫剤ではなく、父が匂うのは、冬服の厚みや、重さからであろう。と、単純にみた。平仮名でなく漢字の父が、鑑賞を左右すると思う。(恵子)

★「 極月 」は12月の異称で、他に「 親子月・弟月・弟児月 ・ 師走・臘月・春待月・梅初月・三冬月 」など、多くの別称を持つ12月であるが、「 極月 」と言えば、その語感から、物事の表情に厳しさが増すであろう。揚句も、厳格な父が見えて来るが、「洋箪笥 」を配した事によって、ハイカラな父の立ち居姿が想像される。 父のにほひを懐かしむ作者もまた厳格でハイカラなお人柄であろうか。父の顔を写真でしか知らぬ竹野子にとっては、羨ましきことよ・・・。(竹野子)

十二月八日太平洋の安らけし       遊泉

★太平洋は西洋と東洋の戦の海であり、また西洋と東E臨洋をつなぐ絆であった。今、戦いが止む静かな海に水漬く屍の霊を鎮め、新しい絆が広がるなかに十二月八日の太平洋の夜が明ける。(もとつぐ)

牡蠣フライ揚げる香満ちる洋食屋     桂凛火

★小さな洋食屋に食事をする日は朝から嬉しかった。牡蠣フライ、オムレツハンバークであっても銀色のフォーク、スプーンをぎこちなく使って西洋が近づき大人になった(もとつぐ)

日脚のぶ洋間に誰もいなくなり     半右衛門

★日差しが洋間の床まで届き、暖かい部屋を見回したとき、かっての子供たちの賑わいがよみがえった。寒さの極みをこえ始めた微妙な明るさが感慨をよんだ。(恵子)

洋上の木枯帰る母の胸           灌 木

★生生化育の原初より万物の生命を生み出す大いなる「 海 」、静として怯まず・動として驕らぬ母なるを「 海 」即ち「 母なる胸 」と捉えた、感性の豊かさがすばらしい。 凩の果はありけり海の音・・??(言水), 海に出て木枯帰るところなし・・(誓子)の句が懐かしく甦り、洋上に出た木枯の帰るところは「 母の胸 」である。(竹野子)

肌脱の洋行帰りの荷風かな        祥子

★永井荷風の話題はなかなか尽きないようだ。荷風に関する本が、もう尽きるのかと思うと現れて楽しませてくれる。それも、さまざまな分野、年齢も巾広く、荷風のアプローチの仕方もいろいろな角度で面白い。祥子さんもそんな荷風の出現をこれまで楽しんできたのかもしれない。掲出の句は「肌脱ぎ」で夏である。最近はこんな言葉もあまり使わない。ましてや、「洋行帰り」はもっと使われない。しかし、「肌脱の洋行帰りの荷風かな」と一気に読み下すことで、時代を作っている。(喜代子)

洋々の行方見えずや雪の降る       acacia

★本来「洋々」とは、希望の未来を表現するものなのだが、ここではそのある筈のものが見えないと言っているのである。しかも、見えないのは降る雪のせいだと匂わせて、明るい未来と雪の白さを重ねている。(喜代子)


予選句

海猫渡る遠洋漁業鮪船曇遊
西洋銀座を三万人の余寒かな
冬嵐去りて洋上輝きぬ半右衛門
太平洋冬空遠く境なし半右衛門
洋もくのマドロスパイプ浜の春町田十文字
洋傘の石突き探る春の土町田十文字
立つ春や和洋中味餃子かなacacia
大試験結果はいかに洋包子みさごん
洋七のがばいばあちゃん春きざすみさごん
大洋へ東国原知事櫓を漕ぐ高楊枝
大洋の虚ろになるか鰊雲三千夫
洋梨の落つると見えて熟れゆけり三千夫
蘭美し華美の洋らんにはあらず高楊枝
黒鍵の響く洋楽返り花雨宮ちとせ
長靴と太平洋と春を待つ曇遊
フーテンの寅さん洋次遍路宿町田十文字
冬み空洋装老女の心意気acacia
函館に帰れぬ真冬洋々とacacia
老女より淑女が似合う冬銀河acacia
初春や太平洋から霧笛ありたか雪
夜更かしの友は洋酒と愛読書たか雪
洋人の訛る邦語の笑初め西方来人
産卵し力尽く鮭洋に着く 西方来人
鷹の目の太平洋に雪頻る半右衛門
無限なる太平洋の軋みけり半右衛門
木花咲き太平洋は静かなり半右衛門
太平洋荒れる日もあり雪すだれ半右衛門
洋風の暖炉に集う受験かな 半右衛門
巻き爪を切る大伯母の洋間かな石井薔子
読初の東洋人が犯人で猫じゃらし
大漁旗父太平洋に戦敗れ高楊枝
女正月嫁と洋菓子欲しいだけ海苔子
東洋の大遺跡背に大噴水海苔子
洋の名の友の如何にや雪しまき岩田勇
すれちがう花嫁和洋初門出ミサゴン
綿蟲の内緒話に茫洋と 半右衛門
洋館に憧れし頃根深汁たんぽぽ
北風や山谷深E臨き洋瓦siba
骨壷の茫洋白き冬の夜 潅木
山眠る宿に古りたる洋間かな森岡忠志
熱燗を所望す駅前洋食屋森岡忠志
あざなえる和洋しめ縄リースかな
洋館に嫁いできたる嫁が君ハジメ
冬帽子洋酒の並ぶ地下酒場こうだなを
洋傘を借りて恋の芽年の市西方来人
明け暗れの洋に一点冬灯西方来人
老夫婦障子隔てて居る洋間ミサゴン
死語にして洋行帰り生身魂岩田勇
滴るを食む洋なしの柔き肉桂凛火
洋服の懐古趣味です冬の街acacia
洋品店なくて師走の街忙しacacia
蛸食めば洋洋父の香りかなacacia
狐火の迷うべからず太平洋半右衛門
太平洋見下ろす宿の根深汁半右衛門
洋傘を蝙蝠という冬時雨半右衛門
月冴えて二科の洋画に宇宙人半右衛門
洋なしのボディラインイなほ着膨れしミサゴン
洋溢のシャンパンタワー枯木立ミサゴン
第九聴き和洋折衷障子張る十文字
海洋の深きはめぐり山眠るミサゴン
港燈も巡洋艦の灯も寒したかはし水生
外洋の船酔う兆し冬鴎十文字
洋裁は花嫁修行シクラメン十文字
洋梨は母のかたちぞ日向ぼこmako
球界の宝洋上飛び去りてゆうじ
透明な洋傘にふたり時雨来る
洋の字を入れて師走の占い師acacia
洋菓子は聖樹のかたち白い朝曇遊
港燈も巡洋艦の灯も寒したかはし水生
洋上に眠る鯨やオリオン座戯れ子
洋犬の笑つて通る冬夕焼戯れ子
風薫る洋館の庭五重奏 祥子
鋤焼きに洋服掛けの見当たらず ハジメ
冬晴れて前途洋々二十歳の子桂凛火
今は亡き友と洋酒の冬の墓愚蛙
洋弓を手に取り持つや枇杷の花愚蛙
今は亡き友と洋酒の冬の墓愚蛙
散骨の太平洋に初日かな智弘
コンビニの洋食並ぶクリスマス智弘
草紅葉試飲洋酒が舌を這う智弘
洋風のランチを囲むクリスマス半右衛門
洋風の終の棲家で聖夜かな半右衛門
冬の河汪洋として強きかな半右衛門
凩と洋上カモメ戯れり半右衛門
東洋の行燈ともる聖夜かな半右衛門
意地悪な洋子除きし年賀かな半右衛門
出づ初日寿ぐ太平洋の波横浜風
洋室の窓をよるべに冬薔薇 横浜風
溜め池に北の洋超え鴨の鳴く 半右衛門
太平洋気儘旅するサンタかな 半右衛門
台風の南洋上に顰め面 半右衛門
竈けし太平洋の雪見かな 半右衛門
東洋に海獣死なず海鼠かな 半右衛門
木枯らしを描きて入選洋画の部 半右衛門
吹雪く日もカモメ洋上遊ぶかな 半右衛門
行く年に七洋の波手を振りぬ
初富士の根は大洋に迎えられ
洋として音信不通の年の暮れ acacia
洋々と音立て流るる師走かな acacia
凩や太平洋を恋しがり siba
人暮らす大河洋洋大鯰 祥子
南洋の野豚のはなし薬食 shin
枯葉踏み洋画女優のごと歩む 戯れ子
洋々の夢たりしかな温め酒 遊泉
洋間より師のピアノ鳴る花八手戯れ子