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雲の峰正座の膝を進めをり 木佐梨乃

五十九号のににん集の兼題は「正座」である。正座と言えばどうしても室内の所作をイメージしてしまいがちである。
この一句にしても、路上で膝を進めているわけだはないだろう。挨拶を交わしたあとの座布団の上に進んだのかもしれない。あるいは床の間の軸をよく見るために、正座の膝をさらに進めたのかもしれない。だが、雲の峰の季語によって、その正座が巨大になって、まるで巨人が野に膝を進めているような光景になる。極めて日常的な風景に終わってしまいそうな言葉が、季語の斡旋によっては虚実皮膜の間を行来するのである。(岩淵喜代子)

ひともとの梅に山河の正座せり 末永朱胤

(山河の正座)とは意表をつく修辞である。
山だけなら、山の形に心を寄せてしまうかもしれないが、ここでは(山河)と言っているのだ。形あるものではなく、自然の大景そのものを指しているのである。その大景を見渡した後、ふたたび(ひともとの梅)に視点が戻ってゆくと改めて一本の梅の木の姿が彷彿としてくるのである。古典的な表現法のようでいて、新しい一句だと思う。(岩淵喜代子)

春の山町の後ろに正座せり 川村研治

町中に居て山が見える風景はよくある。
一句からは、それほど高い建物もない家並みのつづく町を想像する。その町から見える山もそれほど高くはないかもしれない。その山を正座という比喩で切り取りながら静寂な町の空気を伝えているように思える。
これまで正座を山に、あるいは山河に被せた句をみたことがない。たとえば(草田男忌峡の正座に北極星  平井さち子)を、一見峡が正座しているのかと思ったがそうではなく、峡に自分が正座しているのである。そうだとすれば、ににんの兼題によって掘り起こされた山河に対する新たな修辞なのではないだろうか。(岩淵喜代子)

正座せずでんぐりかへる海月かな 高橋寛治

この句を詠みながら、面白いなとしみじみ思った。勿論、この句は正座という兼題が与えられていることが、想の起点になっているのだろう。海月に正座など出来ようもないと思いつつ眺めていると、でんぐり返ってみせたのである。一句からそんな経緯を辿っていくと、海月に話しかけられるような距離にいる作者が見えてくるのである。(岩淵喜代子)

ウソつきの正座もありて桜桃忌 栗原良子

正座をする民族は限られている。中でも日本人のそれは、姿勢保持の形として極めて日常的である。ところが最近はその正座が出来ない人も多くなっている。単に老齢化によるだけではなく生活様式の変化も原因している。(ウソつきの正座)は、小さな台を臀部の下に置いて正座の形を保っていられる座り方をいうのだろう。カタカナ表記のウソと正という文字の違和感が桜桃忌へ繋がる。(岩淵喜代子)

正座てふ死語なり吾に冴返る 山内かぐや

正座という兼題を与えられて、山内かぐやさんは我自身を振り返っているのである。他に(茶会席我に縁なきそは正座)と言う句もある。手足が思うように動かない生活を何年か重ねている。もしそのことが無ければ、ににんの句会にも欠かさず出席していたはずなのである。だが、病気発症後も投句を欠かしたことがない。投句が遅れたこともない。一度、「ににん」発行が大幅に遅れたときには、ご主人が問い合わせの電話をしてきたほど、雑誌を待っていてくれる。その気力に、期待したいと思っている。(岩淵喜代子)

正座する足裏の黒子に夏日さす 辻村麻乃

足裏は、本来人の目に曝すことがないのである。だからそこに黒子があることにも気が付かなかったかもしれない。しかし、気がついてみれば正座をするたびに足裏に意識がゆき、夏日に曝されていることにも意識がゆくのである。自意識の具象化である。(岩淵喜代子)

正座して柩見送る蟇 和智安江

葬儀の場、殊に出棺の儀式は告別の緊迫感に哀しみの高まるときでもある。その気持ちを蟇蛙に投影させたのである。蟇蛙の座りざまは確かに正座である。お前も見送っているのかと呼びかければ、微かな可笑しみも湧いてきて、生きとし生けるものすべての世界が一つにつながるのである。(岩淵喜代子)

正座して定員五人の花筵 小塩正子

解説には、花筵とは花見のために設けた場所に敷く筵、または花びらが散り重なった地面が筵を敷いたようにひろがったもの、とある。掲出句では後者の解説を採用したい。その花筵を五人くらいは座れるのではないかと、感慨をもって打ち眺めている作者を感じるのである。情緒的な季語花筵を、(定員五人)という極めて物理的な切り込み方にしたのが新しい。(岩淵喜代子)

桜餅いただく前の正座かな 佐々木靖子

正座という言葉を得て、テーマを拡大していった句である。他家を訪問したときなのだろうか。あるいは何かの会で、まさに会の始まる直前の茶菓も配られた瞬間なのだろうか。(いただく前の正座)には次の場面の予測が暗示されている。もしかしたら、次の瞬間には正座は消えているのかもしれない。(岩淵喜代子)

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作品集

古雛仰ぐ正座の姉妹かなあべあつこ
雛間にひとりとなりて正座の子あべあつこ
いつかしら正座崩るる春の宴あべあつこ
行く春や翁を読むに正座してあべあつこ
彼岸寺足裏つめたく正座せりあべあつこ
正座から女が跳びて飛ぶ歌留多阿部暁子
弟子五人正座崩せぬ初稽古阿部暁子
初稽古気丈に正座から立つ児阿部暁子
散る花も光も断ち切りて正座阿部暁子
花祭死とは何かと正座の子阿部暁子
正座して聴く靖国の蝉しぐれ伊丹竹野子
正座して靖国のちちに会ふ星月夜伊丹竹野子
正座してみるべくありし座禅草伊丹竹野子
達磨忌や禅家の修行先づ正座伊丹竹野子
正座して青春の恋路海開く伊丹竹野子
車座に坐して花見の正座かな宇陀草子
正座より胡坐の似合ふ花筵宇陀草子
円卓に正座のありし啄木忌宇陀草子
夏炉焚く合掌家屋の正座かな宇陀草子
正座して足の痺れやほととぎす宇陀草子
対面の正座ほろほろ竹の秋岡本惠子
開きたる図鑑へ正座鳥曇岡本惠子
薯の花正座の指を閉ぢ開き岡本惠子
仏前へ正座してのちメロン食ぶ岡本惠子
母の日の鏡の前に正座する岡本惠子
正座して膝ととのへる炉の名残河邉幸行子
花の昼正座ぐらりとよろけたる河邉幸行子
竜天に正座の痺れもてあます河邉幸行子
正座して坐禅ここちや若葉雨河邉幸行子
釣り忍母の正座に倣ひたり河邉幸行子
火の椿水の椿や正座する岩淵喜代子
花冷えのひとりは正座してをりぬ岩淵喜代子
正座して風抑へゐる夏点前岩淵喜代子
時鳥正座するほか詮無くて岩淵喜代子
郭公や正座の我の残さるる岩淵喜代子
花の昼野点の席に正座して及川希子
正座して許しを請ひし婚の春及川希子
春灯や母は正座で仕立物及川希子
初点前正座の足がしびれくる及川希子
春休み囲碁を手解く夫正座及川希子
岸離る花見の船に正座して宮本郁江
黄水仙一途な母の正座かな宮本郁江
春の雨念仏寺に正座して宮本郁江
かたはらに母の正座や春灯宮本郁江
セルを着る祖父の正座の怒り肩宮本郁江
正座不安失せ伽藍も梅雨に入る栗原良子
ヨガポーズに正座して春宵や栗原良子
正座ゆゑ胡麻化さるるや修司の忌栗原良子
ウソつきの正座もありて桜桃忌栗原良子
正座して上目づかひの夏合宿栗原良子
五月雨を正座で見上げゐる真昼兄部千達
正座して詰めの話や夏浅し兄部千達
線香を手向ける正座四月尽兄部千達
滝飛沫触れるが如し正座かな兄部千達
正座して皐月の雲の行方かな兄部千達
正座して葉も頂いて桜餅五十嵐孝子
正座して長唄謡ふ夏夕べ五十嵐孝子
バス旅や正座して見る夏の宵五十嵐孝子
梅雨晴れ間正座する猫みじろがず五十嵐孝子
青嵐正座して描く眉の山五十嵐孝子
正座せずでんぐりかへる海月かな高橋寛治
蟻地獄正座して待つ闇の王高橋寛治
雨蛙あまりに小さき正座かな高橋寛治
正座より駱駝立ちたり夏の星高橋寛治
冷や酒を正座して待つ友の家高橋寛治
春野点たたむ如くに正座する 黒田靖子
正座してままごとする子花の下黒田靖子
春昼や正座のままでうとうとと黒田靖子
夏めくや正座のままで背伸びして黒田靖子
寛ぎても正座の人や新茶汲む黒田靖子
少年の正座蛙の目借時佐々木靖子
桜餅いただく前の正座かな佐々木靖子
花筵新入社員の正座かな佐々木靖子
炉を塞ぎしばしの正座割烹着佐々木靖子
正座して挨拶をする帰省の子佐々木靖子
正座して歌留多取る子のみな寡黙山下添子
日向ぼこ正座の母の円くなり山下添子
正座から立てばあららと春の風山下添子
朧夜の古文書をよむ正座かな山下添子
正座して子猫に話す日永かな山下添子
主いまひたと正座し碁の世界山内かぐや
正座てふ死語なり吾に冴え返る山内かぐや
菖蒲湯に膝を正座に収まれり山内かぐや
天の川無理に正座の線を引く山内かぐや
茶会席我に縁なきそは正座山内かぐや
正座して猫を抱へる夏座敷志村万香
正座して初夏の日課に経を詠む志村万香
草むらに正座の姿ほとけの座志村万香
叱られて正座して聞く夏隣志村万香
正座して咲き競ふやう水芭蕉志村万香
正座して定員五人の花筵小塩正子
新緑や正座で眺む寺の庭小塩正子
新緑の寺に正座の法話かな小塩正子
珍客を正座で迎ふ夏館小塩正子
朝食はいつも正座や梅雨に入る小塩正子
正座した犬待つてゐる薄暑かな新木孝介
叱られて正座してゐる夏座敷新木孝介
だれそれも正座くづして冷奴新木孝介
汗ばみて仏間に揃ふ正座かな新木孝介
鰻食ふ父の胡坐に子の正座新木孝介
ぎこちなく生涯正座す冬帽子西田もとつぐ
安居して正座憩へるごとくなる西田もとつぐ
正座して首刎ねられる寒鴉(刑場)西田もとつぐ
緑射す正座合掌稚児童子西田もとつぐ
皇居前正座して号泣す敗戦日西田もとつぐ
浮く汗に正座崩さぬ女将かな西方来人
正座からぴしりと決める蠅叩き西方来人
ハンカチを正座の膝に法事かな西方来人
花筵正座が楽と課長かな西方来人
仏生会正座の指をつまみをり西方来人
正座して花の散るのを見てをりぬ石井圭子
正座から立ち上がるとき春の海石井圭子
父となりし息子の正座聖五月石井圭子
正座してまづはかをりの桜餅石井圭子
亀鳴くや正座の足を解しをり石井圭子
正座して哲学者めく子猫かな川村研治
桃咲くや媼列車に正座して川村研治
声あげて正座してゐる落椿川村研治
春の山町の後ろに正座せり川村研治
正座して聴く春の夜のレクイエム川村研治
幼子の正座の膝や春の風大豆生田伴子
糸繰りの祖母の正座も春の夢大豆生田伴子
ハンカチをつかひ正座をくづさざり大豆生田伴子
子規を読むは正座のこころ青葉風大豆生田伴子
神主も茣蓙に正座や山開き大豆生田伴子
月涼し合宿の床正座せり中村善枝
正座からしなだれかかる肩の月中村善枝
雲の峰正座崩さず曼陀羅図中村善枝
書初めの正座の堅さ筆しなる中村善枝
正座して届くばかりの冬日かな中村善枝
雛壇へ正座の幼子口結び中島外男
春暁や正座で始まるストレッチ中島外男
春昼や正座の父の詰将棋中島外男
正座する猫を廂に月おぼろ中島外男
いしぶみを読むに正座や松の花中島外男
正座子の膝の光りて夏合宿辻村麻乃
椅子上に正座の女と五月雨辻村麻乃
正座する足裏の黒子に夏日さす辻村麻乃
夏座敷屈膝座法の正座して辻村麻乃
立ち膝に正座の歴史夏神楽辻村麻乃
正座より解き放たれて青き踏む浜岡紀子
かにかくに梅は正座の木でありぬ浜岡紀子
花ふぶき正座の富士を真ん中に浜岡紀子
正座する花の吉野にゐるごとく浜岡紀子
かたはらの猫も正座し風薫る浜岡紀子
すみれ一輪石の隙間に正座して浜田はるみ
出雲若布正座崩さず頂きぬ浜田はるみ
飾り窓の猫の正座やリラの雨浜田はるみ
炎立つ蝮の正座風熄んで浜田はるみ
幽霊の正座して出る夏芝居浜田はるみ
蟇出でて風の中なる正座かな武井伸子
正座して霞の深さ測りけり武井伸子
ままごとの花びら正座して受くる武井伸子
たんぽぽの土手一面の正座かな武井伸子
春深し正座の猫の目は金色武井伸子
正座して日記したたむ春時雨服部さやか
本堂に正座の親子夏兆す服部さやか
座布団の正座の窪み春惜しむ服部さやか
正座して机の低き葛桜服部さやか
夕暮れて正座を崩す花氷服部さやか
正座して一度雛抱く雛納め牧野洋子
途中から正座崩して仏生会牧野洋子
正座して見える限りの春の海牧野洋子
正座するかたはらの筒初桜牧野洋子
正座して八十八夜の茶を啜る牧野洋子
ひともとの梅に山河の正座せり末永朱胤
花時を正座して待つ日頃かな末永朱胤
正座して春の陰影入れ替はる末永朱胤
正座から立ちたるごとく山桜末永朱胤
正座して土星を想ふ薄暑かな末永朱胤
雲の峰正座の膝を進めをり木佐梨乃
正座して異次元声の扇風機木佐梨乃
夏波の流す正座の下の砂木佐梨乃
浴衣着の裾のひと撫で正座する木佐梨乃
冷房の真下で正座くづしをり木佐梨乃
若葉さわぐ正座のできぬ闇ばかり木津直人
若葉見て正座そろそろ崩れゆく木津直人
夜の若葉人をうしなひ正座する木津直人
青鳩鳴くマリアが正座することも木津直人
正座して待てば燕のくる伽藍木津直人
福助は今日も正座や鳥雲に和智安江
卓袱台に正座の夕餉昭和の日和智安江
浅草に正座してをり泥鰌鍋和智安江
正座して柩見送る蟇和智安江
鏡台に正座の母や梅雨夕焼和智安江
正座する男の耳に猫の恋佛川布村
廃墟とは瓦礫の正座涅槃西風佛川布村
走り茶や正座崩せるさざめきに佛川布村
緑さす正座の庵に師を恋へる佛川布村
正座とはなれず蹲踞のひきがへる佛川布村
瞑想の正座の合間聞く蛙ひろ子
青嵐老木揺ぎなき正座亀井よしを
寒稽古男の子の正座袴の形(なり)亀井よしを
山の気を入れて正座の夏座敷谷原恵理子
祭の夜正座で惜しむ笛の音谷原恵理子
町屋カフェ正座怪しき浴衣の娘谷原恵理子
夏芝居正座のままで殺し場に谷原恵理子
囀や正座崩るる法事の間谷原恵理子