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62号の兼題は引力だった。谷川俊太郎の詩「二十億光年の孤独」の中には――万有引力とはひき合う孤独の力である――という一節がある。いかにも詩人らしい発想であるが、俳味からいうと物足りない。そのため、今回は大方の人が苦心したのではないかと思う。こんな題を出されなければ、引力の俳句など作らなかっただろう。普段は使わなかったかもしれない言葉で秀句が出来れば、それが兼題冥利というものである。なるべく遠くの言葉を使ってみる、というのも俳句を平凡にしない心がけだと思っている。(岩淵喜代子)

引力と神は見えざり木の実降る 谷原恵理子

この句は取り合わせで成功している。引力が見えないというのだけでは、読み手はそうだと頷くにとどまるだけである。しかし、さらに神が見えない、と重ねることで、引力が見えないことが、確かに納得されていくのである。そうして秋には、その引力によって木の実がきりなく降り続くのである。

引力があるから涙秋の夕 大豆生田伴子

涙がこぼれたことの言い訳に「煙が沁みた、玉ねぎを切っていたから 欠伸をしたから……」など、さまざまな言い訳のことばをみつけている。これらに、これからは「引力があるから」という言い方が加えられそうである。

引力の意味を調べる夜長かな 小塩正子

作者の「困ったな」という困惑も含めて、思わず「ふっ」と笑ってしまいそうな内容である。眠るにはまだ少し時間がありながら、さて何をしようかと思うほどのことも思いつかい時間帯。それが夜長というものなのだろう。引力の意味を調べようと思いついたのは、他でもないににんの今回の兼題が「引力」だったからである。そういえば引力なんていう言葉を、手にとるかの如くに味わってみたことは誰も無いのかもしれない。日常はその引力で成り立っていながら、目にも見えない、身にも感じられない。言葉だけが浮遊しているような気がするが、近ごろはまた重力波などということばも人の口に上っている。

引力や通草は縦に裂けてをり 中島外男

通草に実際に出会ったことのある人は、そうだなと共感しながら、裂けた木通の中のゼリー状の果肉を思い出すだろう。また、その種を包んだゼリー状のほのかな甘みを思い出すだろう。だがこの一句はそれを言っているのではない。引力というものの存在を思う作者の思惟のなかに飛び込んできたのが木通だったのである。そうしてその木通の縦に裂けていることを凝視しているのである。引力という言葉をぶつけたことで、木通の実の裂けている様子がより鮮烈になった。

引力の届かぬ世界酔芙蓉 村瀬八千代

酔芙蓉は一日花で、咲きはじは純白の花なのである。それが次第に紅色を滲ませてゆく。そうして夕方には、朝に開花したときの純白を忘れてしまうほど赤くなるのである。その反転に作者も驚いたのではないだろうか。それが、(引力の届かぬ世界)のことばに置き変わったのだ。

引力のさびしきことよ星飛べり 川村研治

虚子の句に(流れ星悲しと言ひし女かな)というのがある。星を見るということが既に叙情の世界で、流星に出会えばさらにその心情が濃くなるだろう。掲出句は、虚子のように流れ星を悲しいとかさびしいとか言っているわけではないが、星の飛ぶことが、引力の作用に拠ることに想いを巡らしているのである。


予選句

引力や鳩舎に雪の匂ひせり岡本惠子
引力の狂ひはじめぬ茸山岡本惠子
鬼の子を万有引力揺らしをり岡本惠子
引力や日に日に赤き雁来紅岡本惠子
引力のかすかな谺桐は実に岡本惠子
鶴わたる記憶も引力にたわむ尾崎淳子
しんしんと引力充つる林檎かな尾崎淳子
金秋や引力にたわむことが老い尾崎淳子
秩父路の熟柿は引力にたわむ尾崎淳子
船底に冬海原と引力と尾崎淳子
引力や美しき容のからすうり河邉幸行子
人集ふ引力のあり神の留守河邉幸行子
秋の日や引力強き人に添ふ河邉幸行子
引力に執してをりぬ吊し柿河邉幸行子
今さらに引力のこと冬の月河邉幸行子
引力はともだち木の実草の実よ川村研治
引力のさびしきことよ星飛べり川村研治
しづかなるものは引力返り花川村研治
慈しみ深き引力冬の虹川村研治
引力をその辺に脱ぎ冬至風呂川村研治
夫婦てふゆるき引力年の暮れ木佐梨乃
引力は書店にぞあり年の暮れ木佐梨乃
引力も失くす沙漠の天の川木佐梨乃
年の湯の果てに引力憶ひ出す木佐梨乃
風花や引力を解く時は今木佐梨乃
紅葉いちまい引力にこぼれゆく木津直人
夕紅葉引力を切る町工場木津直人
月の引力母の引力ひとつだけ木津直人
星明り嶺の引力あらたまる木津直人
虫のいそしみ引力といふ噂木津直人
引力すこし人間にもち雪催栗原良子
引く力少し留めて年迎ふ栗原良子
引力に抗ふひかり霜柱栗原良子
雪降り積む引力の基秋山郷栗原良子
引力の作用仕舞ひて冬の月栗原良子
引力に抗ふことなき芋の露黒田靖子
引力に従ひ君待つ花の下黒田靖子
柿も又万有引力証しをり黒田靖子
引力を拒むごとくに赤とんぼ黒田靖子
冬ざれや引力念ずる拉致家族黒田靖子
冬銀河引力の中さんざめき兄部千達
夕芒引力に揺れ風に揺れ兄部千達
引力や波に曝さる昆布刈り兄部千達
引力や千枚漬けの味深む兄部千達
引力を忘れる如く山眠る兄部千達
引力や釣瓶落としの山の際小塩正子
引力の意味を調べる夜長かな小塩正子
引力を呪ふ夜長の顔パック小塩正子
引力のなき世の君や木の実降る小塩正子
引力やリンゴは皮をむかぬまま小塩正子
たをやかに揺らす引力式部の実西方来人
引力や落ち葉の上に落ち葉積む西方来人
引力に反して曲る唐辛子西方来人
秋の日の影に引力有りや無しや西方来人
引力てふ鮮やかなもの流れ星西方来人
引力に諾と応へて朴落葉佐々木靖子
かまつかや万有引力不老不死佐々木靖子
引力や神在月の湖暮るる佐々木靖子
引力のありて鯨の親子かな佐々木靖子
言霊の強き引力迢空忌佐々木靖子
引力の果てたる海や海月喰ふ島崎正彦
引力と戯れ鳶は秋の空島崎正彦
引力や銀杏黄葉は黙したる島崎正彦
引力や鷹の背筋に在る宇宙島崎正彦
七五三万有引力知らないよ島崎正彦
しぐるるや引力にまけ結ばれる志村万香
細き道引力強し秋の月志村万香
引力の秋深まりて赤子泣く志村万香
逢瀬にも引力ありて月の夜志村万香
新月も引力まけて落ちてゆき志村万香
引力や心は秋に雨は地に末永朱胤
引力にコスモス眠き地球かな末永朱胤
月光や引力の道おりてくる末永朱胤
引力や蝶になりつつ散る銀杏末永朱胤
虫の音もさやけき月の引力圏末永朱胤
引力の圏外にをり穴惑鈴木まさゑ
桐一葉詩は引力に育まれ鈴木まさゑ
引力を押し上げてゐる茸かな鈴木まさゑ
綿虫のふはと引力かはしけり鈴木まさゑ
引力をうべなひ今日の木の葉髪鈴木まさゑ
馬肥えて引力圏に留まりぬ高橋寛治
幽霊の引力跨ぎ娑婆へ出る高橋寛治
引力と戯れ過ぎし海鼠かな高橋寛治
神の旅引力外で受信せり高橋寛治
引力を斜めにそらす鰯雲高橋寛治
引力を集め糸瓜となりにけり武井伸子
木の椅子に引力のあり木の実降る武井伸子
落雁に沼の引力すさまじく武井伸子
引力や鏡の中のラフランス武井伸子
引力を星へ飛ばしてスケーター武井伸子
引力と神は見えざり木の実降る谷原恵理子
引力をしづかに育て白式部谷原恵理子
万有引力もう白鳥のゐない城谷原恵理子
引力を振り切る翼鷹渡る谷原恵理子
天狗住む山の引力返り花谷原恵理子
秋深む縁起絵巻の引力に近本セツ子
咳きて引力のまま帰る道近本セツ子
ふくろふ啼く出雲の神の引力に近本セツ子
引力に蟷螂の貌傾きぬ近本セツ子
一盞の引力冬の宴かな近本セツ子
引力に抗ふ母や神の留守辻村麻乃
冬ざれの万有引力地の核へ辻村麻乃
地に戻る万有引力冬銀河辻村麻乃
引力や同行二人の冬紅葉辻村麻乃
分かち合ふ引力冬の鍋にあり辻村麻乃
引力の地球に生きて日向ぼこ豊田静世
ニュートンの引力説やシャボン玉豊田静世
凍て蝶や引力解かるる手術台豊田静世
引力や風もないのに竹落葉豊田静世
引力なき神のみ渡る虹の橋豊田静世
冬の蝶墜ち引力の乱れをり中﨑啓祐
引力や大見得を切る菊人形中﨑啓祐
小春日の引力軽き背負ひ投げ中﨑啓祐
引力やかまきり富士に斧かざす中﨑啓祐
引力や年賀状書く筆軽し中﨑啓祐
引力や通草は縦に裂けてをり中島外男
引力や銀杏にほふ並木路中島外男
引力に抗ふ気球秋日和中島外男
山頭火の引力増すや秋の暮中島外男
引力のままに連なる烏瓜中島外男
後醍醐陵引力のあり鳥交る西田もとつぐ
上げ潮の河に引力あるごとく西田もとつぐ
幼児立つ万有引力に逆ひて西田もとつぐ
友逝きぬ地球の引力切れたるか西田もとつぐ
バレリーナ引力蹴つて踊りけり西田もとつぐ
草相撲万有引力覆す服部さやか
引力の音や団栗降りしきる服部さやか
引力や秋の広場に何もなく服部さやか
引力をつかみ損ねし星月夜服部さやか
引力や椅子の転がる冬の浜服部さやか
引力のゆつくり溶ける柚子湯かな浜岡紀子
引力など素知らぬ貌の海鼠かな浜岡紀子
冬眠の熊引力のなすままに浜岡紀子
ふくろふの眼引力押し返す浜岡紀子
引力や月は表を見せるのみ浜岡紀子
引力の静寂や秋の能舞台浜田はるみ
蓮の実の飛んで引力弱くなり浜田はるみ
引力の雫と思ふ黒葡萄浜田はるみ
からすうり熟れ引力の発火点浜田はるみ
真葛原なべて引力ひるがへる浜田はるみ
引力に操られつつ色葉散る牧野洋子
音楽は引力秋の駅広場牧野洋子
引力に任せきつたる糸瓜かな牧野洋子
笑栗や引力少しづつ忍び牧野洋子
子規庵に届く引力糸瓜垂れ牧野洋子
引力に耐へて蓑虫下がりけり宮本郁江
秋うらら引力といふ糸電話宮本郁江
引力に少し離れて青木の実宮本郁江
スポイトの吸引力や今朝の冬宮本郁江
引力や赤子の笑窪冬ぬくし 宮本郁江
引力の届かぬ世界酔芙蓉村瀬八千代
引力や祝ひの杯を秋の灯に村瀬八千代
菊抱き引力の淵歩きけり村瀬八千代
木枯に引力貌を隠しけり村瀬八千代
引力を見つめてゐたり冬薔薇村瀬八千代
引力やけん玉の穴三の酉山内かぐや
引力や笑ひ飛ばして鰯雲山内かぐや
語尾上げて引力を断つ寒稽古山内かぐや
ニュートリノ霜も引力も通り抜け山内かぐや
引力や針穴くぐる冬支度山内かぐや
引力や煉瓦を覆ふ蔦紅葉山内美代子
引力のいつか消えさう日向ぼこ山内美代子
一茶の地万有引力吹雪きけり山内美代子
足弱に引力しかと霜柱山内美代子
引力や冬の怒涛の打ち返す山内美代子
引力の砂に足跡鷹渡る山下添子
引力のはたらく山の寝釈迦かな山下添子
引力の消えし蜻蛉の飛び立ちぬ山下添子
引力を知るやしらずや穂絮とぶ山下添子
引力の一粒重し今年米山下添子
引力の香りをはこぶ稲穂波和智安江
引力のなきがごとくに秋の蝶和智安江
引力やなぜか不揃ひ榠樝の実和智安江
引力や湿原おほふ草紅葉和智安江
引力や高きところに枇杷の花和智安江
引力のかたちに下がる干大根あべあつこ
起臥に水の引力鳥渡るあべあつこ
小鳥来る嬰の引力つよければあべあつこ
仏なる母の引力一位の実あべあつこ
秋蝶や引力ほのと戯るる あべあつこ
しんとしてニュートン紐解く夜長かな阿部暁子
引力に従ひ今の世星月夜阿部暁子
引力も冬の準備や黄落道阿部暁子
焼き芋に引力のあり三四人阿部暁子
星引かれ合ひ漂ひて冬の旅阿部暁子
引力のそこはかとなく冬景色新木孝介
引力の頼りなき夜や雪が舞ふ新木孝介
くたびれて引力重き十二月新木孝介
引力や軒に氷柱の並ぶ朝新木孝介
引力の乱れて冬の怒濤かな新木孝介
引力や夕餉は秋刀魚塩焼きで五十嵐孝子
引力やjazz曲流れる良夜かな五十嵐孝子
引力や納豆汁の糸引かず五十嵐孝子
引力の音のやうなる初時雨五十嵐孝子
引力や日向ぼこする猫二匹五十嵐孝子
引力の薄れて来たる神の旅石井圭子
引力に伏したる秋の水平線石井圭子
引力を解き放したり秋の空石井圭子
団栗を拾ひ引力もポケットに石井圭子
引力を集めてみれば紅葉山石井圭子
引力や星落秋風五丈原伊丹竹野子
引力や遙かりんごの落つる音伊丹竹野子
引力を確かめ合へる年賀状伊丹竹野子
引力や古希を寿ぐ姫始伊丹竹野子
引く力押し出す力初相撲伊丹竹野子
引力のはじめは鹿の斑を増やす岩淵喜代子
象老いて月の引力操りぬ岩淵喜代子
引力や木通が宅にある一日岩淵喜代子
引力のときをり消えてお花畑岩淵喜代子
引力の及ばぬものや綿虫は岩淵喜代子
引力にかゝはりのなき蟻地獄宇陀草子
引力や膨るゝ一滴滴れり宇陀草子
万有引力噴水の折れる位置宇陀草子
蓑虫の無精にさがる引力に宇陀草子
引力に結界のあり穴まどひ宇陀草子
満月や母の引力我も持ち及川希子
引力や月下美人が開く夜及川希子
引力の寄り合ふ町の運動会及川希子
引力や自在にころがる芋の露及川希子
引力やふらここ漕げば孫はしやぐ及川希子
引力があるから涙秋の夕大豆生田伴子
引力に浮力の勝り秋の蝶大豆生田伴子
引力の分かれて鴨の陣ふたつ大豆生田伴子
引力と風の共演枯葉舞ふ大豆生田伴子
万有引力の傑作に雪景色大豆生田伴子
一枚の紙の引力秋気澄む松本美智子
引力の方へ方へと神の旅松本美智子
引力や紅葉且つ散る山の湖松本美智子
引力の真っ只中や鳥渡る松本美智子
引力や空に溶けゆく冬桜松本美智子