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ノドクサリ打ち捨てられている炎昼  葉山

★この句は「ノドクサリ」という言葉から調べはじめなければならなっかた。おかげで、クサリが鎖に繋がらない言葉もあるのだという認識を持った。「ノドクサリ」とは「喉腐り」と表記する。その文字どおり喉から腐り出す魚のことで、ネズミコチの異称である。人気もない炎昼のノドクサリが干からびはじめている風景は、どこまでも熱く静かである。(喜代子)

母の日の鎖の如きちらし寿司  麻子

★ちらし寿司には家ごとにオリジナルの味がある。酢の加減にしろ、トッピングにしろ、惣菜とは違った晴れの料理には、それぞれの家の味、土地の味がある。母の日という感謝の日に、あらためて家庭の母の位置を見直せば、歴史の扉の向こうで果てなく続く母の姿に、永遠の日だまりを感じる。かくして母の味はやさしく、切なく、次代へと引き継がれてゆくのである。(あき子)

日永し園児の留守の鎖編み  みな

★「園児の留守」とは本来は、幼稚園、保育園などの場がまず思い浮かぶ。しかし、ここでは必ずしもそうした場面に限定しなくても、若い女性がひたすら鎖編みを続けている姿が浮かべばいい。纏わりつく幼児もいないひとりの時間そのものが鎖編みになって傍らにたまっていくような、シュールな世界に誘い込まれる。「日永し」のけだるいゆったりと流れる刻が、鎖編みという具象を得て効果的である。(喜代子)

初夏や肌着の端の鎖編み   立青

★これから生まれてくる赤ちゃんの肌着だろうか。以前、友人が赤ちゃんの靴下を編んでいるのを見ていたことがある。それはもう手品のように、一本の糸がみるみるかわいい足の形になっていった。交差する編み棒にかかる小さな靴下は、まるでダンスしているように見え、飽きることなく眺めていた。小さな赤ちゃんの小さな肌着。生まれて初めての季節が初夏というのは、とても健やかな印象である。(あき子)

夏霧に鎖の音や一の倉   RICKY

★あたり一面の夏霧のなかで、聞こえてくるのは鎖の音だけ。聞こえていて見えない鎖の音は、見えているときよりも存在感を持っている。一ノ倉とは、群馬県北部にある一の倉沢岳のこと。八百メートルの岩場があることで有名である。鎖の音があるのは、今垂直の岩場に挑んでいる登山家がいることなのである。あるいは、作者自身が鎖を鳴らしているのかもしれないiヘ。何もかも隠してしまう霧の中で、音だけが遠くへ伸びていくのがかえって、孤独を感じさせる。(喜代子)

マイホーム薔薇の鎖は白く咲き   長谷川晃

★手に入れたマイホームを飾り立てる。多分、妻の手によるみごとな薔薇のアーチ。美しく咲きほこる白い薔薇をくぐるたび感じるのは、終生のくつろぎの場を手に入れた喜びか、はたまは延々と続くであろう現実的な束縛か。「鎖」の文字が、生活を愛しながらもふと戸惑う、その心の揺れをとらえている。(あき子)

船虫に連鎖反応死の気配   ゆうゆう

★船虫が一斉に移動する。その単独行動という思考はありえないと思えるような動き。死の気配とは、ハメルーンに連れられたネズミたちの行方である。先頭の一匹に連れられて、どこまでも増え続け、付き従う船虫の集団を見て、作者は底知れぬ気味悪さを覚えたのであろう。(あき子)

初蝶の足おろしたる金鎖   匡(ただし)

★蝶とは飛ぶもの、舞うものという認識がまず浮かぶのが普通である。あの二枚の羽が蝶の全体像と言ってもいい。蝶を思い出すとき、直には「蝶が歩く」などというイメージは浮かばない。だが、いわれてみれば蝶にだって足があるのだ。作者は金鎖の上に止った蝶の足の部分に焦点をあてて、初蝶の姿を大きく印象付けている。(喜代子)

遺伝子の鎖やそよとスヰートピー   平田雄公子

★「遺伝子組換え」「遺伝子銀行」「遺伝子工学」「遺伝子治療」など、遺伝子という言葉は最近の流行語である。よく理解できないながらも、人間は凄いことを行っているのだという認識で捉えている。いま目の前で揺れている可憐なスイトピーにしても、「遺伝子組換え」を施されているかもしれない。このごろは、一本の茎から幾つもの花を咲かせているのもある。それでも、風が吹けば、風になびいて、野の花と同じように揺らいでいるのである。(喜代子)

再会のをんなの鎖骨涼しかり   舞翔

★女性の身体を楽器に例えることがある。胴の持つ曲線、すらりと組んだ脚、そして、華奢な鎖骨。春着から夏着へ替わり、大きくあいた襟口から左右に広がる鎖骨に、涼感を覚える作者に同感。まるで弦の張った美しい楽器を横たえているように想像する。しかし、現代のいたずらに痩せた身体をもてはやす傾向には疑問。骨の形跡などどこにもない、「やわらかく雪が降り積もったような身体」という魅力的な形容が、村上春樹の小説(『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』)にあったことを思い出し、ごそごそと読み返している。これも俳句がとりもつ連鎖である。(あき子)

春眠し糖鎖の三次元モデル   段々

★糖鎖の意味がわからず、調べてみると、「細胞表層に存在する複合糖質は分化、免疫、様々な外来分子のレセプターとして等、様々な形で重要な役割を果たしています。糖鎖工学の研究目標はこのような『糖』に閉じ込められた情報を分子レベルで解析することです。」とある。きっと大切なものなんだ、と思う。思うが眠い。睡魔に襲われた脳裏を、三次元モデルが回転しつつ、サイボウヒョウソウニソンザイスル……、と繰り返している。(あき子)

春耕の二人に鎖ある如く   じゅん

★春の平地は音もなく時を送り、陽を移動させている。その下を黙々と畑を耕す二人の速度は変わらない。そして二人の距離も変わらない。まるで、二人の間を繋ぐ鎖があるかのような距離感を作者は飽かず眺めているのである。(喜代子)

春の夜を赤き鎖の電話かな  百花

★携帯電話の発達してしまったこのごろは、公衆電話という言葉が懐かしい気分を誘うから不思議である。受話器を耳に当てると自ずから機器につながる赤い鎖に焦点が合ってしまう。だから何だというわけでもないのだが、会話を受けながら、そして、それに応えながら「赤い鎖」が存在感を強くしていくのである。(喜代子)

ぶらんこの鎖垂直二本づつ  つーやん

★「ぶらんこ」は「ふらここ」「鞦韆」などともいい、中国の寒食の節の遊びの故事から、春の季語に選ばれている。それがなくても、戸外で遊べる季節の喜びを託す季語として、「シャボン玉」「風船」などと共にこれからも残したい季語である。しかし、「ぶらんこの鎖垂直二本づつ」の句はそれらの情緒を排して、中空から垂れるぶらんこの鎖の部分だけに焦点をあてて、異質なシュール・リアリズムの感触を伝えようとしている。(喜代子)

金鎖母の倍ほど吾生きて  米川五山子

★「金鎖」という植物は、ちょうど金雀枝と間違えそうな程よく似た春の花である。「母の倍ほど吾生きて」とは、作者にとって、若くしてなくした母のということになる。その面影を持ちつづけながらきて、気がつくと母の齢の倍も生きてきてしまった感慨が、句の裏に込められている。(喜代子)

老犬に鎖引かれて土手の春  岩井健一

★あちらこちらに隠された置き手紙を解読するように、犬の散歩は鼻で進む。犬の底知れぬ嗅覚は、団栗の匂いひとつで、森を言い当てることも可能なのだという。春風が香り、木立の息吹きを確認する。思わぬ力で先導する犬に、家で感じるような老いの姿はどこにもない。飼い主にはその姿が喜ばしく、またこの先何回の春を嗅ぐことができるのかと思うと、切なくもなるのである。(あき子)

ドアチェーンに少し錆びある花の果て  やすか

★家族と住んでいると、ドアチェーンはよほどのことでないと使わない。それぞれに鍵を持たせても、ひとり帰る都度家に居る者がチェーンを外さなければならないからである。そして普段使わないドアチェーンに目がいき、触れてみれば少し錆びている。生活のありふれた疲れは、花の果てにある悲しみと通じる。(あき子)

つちふるや連鎖断ちきるすべもなし  正

★つちふる(霾、黄砂)は、強風で吹き上げられた多量の砂塵の意である。その砂塵が海を渡り、日本に飛来し、太陽までも霞ませる。大陸は以前続いていたのであり、その土のどこかに私たちの遠い祖先は確かに暮らしていたのである。綿々と続いた先に存在する不思議さは、どうしようもない風や雨の中で唐突に甦る。それは多分、大いなる連鎖の端に存在しているということを忘れないようにさせる、先人の記憶であるように思えるのである。(あき子)

朧夜の鎖の先に貂眠る  紅茶

★朧という文字からして怪し気なのである。すべてから輪郭を消し去るような霞みがかった暖かい夜に出歩いていると、確かにあったはずの用事はすべて忘れ、何かに出会うためにさまよっている気分にすり変わっている。その気分は次第に、曲り角からひょいと鼻先に現われ、おそらく人語も理解するであろう奇妙な動物の形となる。川の底に龍が眠るように、鎖の先には魔性の貂が、そのしなやかな肢体を丸めているのだ。(あき子)

焼き鰊食物連鎖の吾と君  ひろゆき

★秋刀魚や鯵と違って、鰊はひとりで食べるには大きい魚だ。皿から尾のはみ出した鰊を間にして吾の箸が鰊の身を崩し、君の箸が次の身を剥がす。そして吾が語り君が語る。鰊を食べることが主なのか、会話が主なのか……。いや、どちらも、同質の時の連なりの中に組み込まれて、人生が語られ、鰊の美味さが語られていくのである。食物連鎖の意味など忘れて。(喜代子)


予選句

倒産の連鎖反応青みどろ浩伊知
夏の朝鎖の弛まぬ散歩かな香川ゆきを
我が夢は鎖骨の窪み金魚飼うおうしあ
口ほどになき鎖場やほととぎすつと無
憧れは鎖骨で金魚飼える女(ひと)濫符
子と乗りしドリームランドの白馬鎖ず麻子
青嵐鎖をまたぎ眼鏡屋へみな
梅雨深し島の聖地へ鎖伝ひみな
日日草一点鎖線に主婦集う麻子
花みかん嫁の鎖骨を悲しまるみな
Tシャツ着て今は昔の鎖骨かなみな
夕凪や鎖を引いて水流す立青
炎天の岩場鎖の錆びてをりRICKY
光彩の鎖ほどかれシャボン玉
上手水出て春昼の鎖樋晶子
あやとりや習ひ初めの鎖編み百花
雲雀野に鎖をかけて柵を閉づつーやん
春雨傘クレーンの鎖少し揺れ長谷川晃
ロケットの鎖の錆や霾晦平田雄公子
白服の男笑ふやチエーン店ゆうゆう
花冷や食物連鎖の果てにゐて百花
病む喉の鎖かくまで養花天ぎふう
手や首や鎖巻きつけ街うらら若井悠
笑顔の裏に春愁の鎖国丘いづみ
朧夜に鎖解かれしドーベルマンむらさき舞翔
鎖鎌シーンのあの頃夏兆す信之介

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岩淵喜代子

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