第一句集『朝の椅子』1985年 永田書房

栞 川崎展宏/序文 原裕

冬寺を巡る人影ふれ合はず
朝の椅子欅の冬を迎へけり
語るたび瞳に夏雲を映しをり
野分あと子がひとりづつ欅過ぐ
荷がゆれて夕陽がゆれて年の暮

第二句集『螢袋に灯をともす』2000年 ふらんす堂

蝙蝠やうしろの正面おもひだす
端居して帰りゆき処のなきごとし
花槐ゲーテの家の時計鳴る
空也忌の闇が動いてくるやうな
逢ひたくて螢袋に灯をともす

第三句集『硝子の仲間』2004年 角川書店

帯 清水哲男

ストーブに貌が崩れていくやうな
穂薄も父性も痒くてならぬなり
  雛流す水を選んでゐたりけり
緑陰を大きな部屋として使ふ
空蝉も硝子の仲間に加へけり
生きること死ぬことそれより鰊群来

第四句集『嘘のやう影のやう』2008年 東京四季出版

栞 齋藤愼爾

箒また柱に戻り山笑ふ
ゆく春のふと新宿の曇空
花の咲くところは風の吹くところ
花果てのうらがえりたる赤ん坊
薔薇園を去れと音楽鳴りわたる
古書店の中へ枯野のつづくなり
草紅葉足を運べば手の揺れて

第五句集『白雁』 2012年 角川書店

帯 清水哲男

万の鳥帰り一羽の白雁も
幻をかたちにすれば白魚に
花ミモザ地上の船は錆こぼす
十二使徒のあとに加はれ葱坊主
今生の螢は声を持たざりし
月光の届かぬ部屋に寝まるなり
狼の闇の見えくる書庫の冷え

第五句集『穀象』 2017年 ふらんす堂

紅梅を青年として立たしめる
尾のいつかなくなる蝌蚪の騒がしき
生きてゐるかぎりの手足山椒魚
みしみしと夕顔の花ひらきけり
穀象に或る日母船のやうな影
水母また骨を探してただよへり
夜光虫の水をのばして見せにけり
極楽も地獄も称え盆踊
菱の実をたぐり寄せれば水も寄る
ゆきずりのえにしがすべて親鸞忌
見慣れたる枯野を今日も眺めけり

プロフィール

岩淵喜代子(iwabuchi kiyoko)
1936年10月23日 東京生まれ。
日本文藝家協会会員・日本ペンクラブ会員・俳人協会会員・現代俳句協会・国際俳句協会会員

句集

1985年第一句集『朝の椅子』永田書房
2000年 第二句集『螢袋に灯をともす』ふらんす堂
        /第一回東京四季出版『俳句四季』大賞受賞
2001年『岩淵喜代子句集』・ふらんす堂文庫
2004年 第三句集『硝子の仲間』角川書店
2004年 恋の句愛の句『かたはらに』文学の森/『文学の森』準賞
2008年 第四句集『嘘のやう影のやう』東京四季出版
2012年 第五句集『白雁』角川書店
2017年 第六句集『穀象』ふらんす堂 詩歌文学館賞 俳句部門受賞
2018年 詩歌文学館賞 「穀象」     第十一回日本一行詩協会賞

エッセイ集

2000年『淡彩望』ふらんす堂

評伝

2009年『頂上の石鼎』深夜叢書/埼玉文芸評論賞受賞

2014年『二冊の鹿火屋――原石鼎の憧憬』/第28回俳人協会評論賞受賞・俳誌『鬣』賞受賞

共著

1988年『現代俳句の女性たち』冬青社
2001年『現代俳句100人20句』邑書林
2008年 角川出版『鑑賞女性俳句の世界』
     第2巻『 個性派の登場』原コウ子論を岩淵喜代子執筆
     第6巻『華やかな群像』岩淵喜代子論を高浦銘子執筆

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