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青空と鈴虫鳴きぬ草枕   ゆうじ

★鈴虫が「アヲゾラ」と鳴くという。おそらくとても小さな声で。草枕とは旅先で草を結んで枕とする仮寝である。また夏目漱石の『草枕』も否応なしに思い浮かべる。どちらも旅先の美しさと心細さが芯にある。漂泊と旅の違いは、戻る場所があるかどうか。青空を乞う鈴虫を聞き、作者は今、かぎりなく漂泊に近い旅をしているのかもしれない。(あき子)

青い月覗くとみえる無限かな   ミサゴン

★月面の凹凸には、海や入江など、水辺の名が付けられている。その暗みで船が航海しているのだろうという話から、ガリレオがマリア(Mare=海)と呼び始めたのだという。月の海にはさまざな名がある。雨の海、晴の海、静かの海、豊かの海。初秋の青く澄んだ月は、まるで抜け穴のようにも思え、覗かれているのは私たちなのではないか、などとふとあたりを見回すのである。 (あき子)

青林檎食めば夕日の丘ぞ見ゆ   acacia

★皮の付いたまま、丸ごとの林檎でなければいけないと思う。その果汁が、青さが、軽みが、さまざまな感傷を伴い、胸に迫って止まないのだ。誰もが青林檎に甘酸っぱい青春性を感じることで、夕日の丘に照らされ、ひとり立つ、ヒロイックな光景が納得できる力を持つ。(あき子)

クレヨンの青より青き露草よ   曇遊

★絵を専門としない限り、大人になってクレヨンを手にする機会は少ない。それでも作者は露草を見て、クレヨンの青を思う。幼い日々に見た青は、今の青とはきっと違う。そんな思いがクレヨンを斡旋してきたのだと思う。本当の青、本当の赤。大人になると、どんな色も全部知っていて、おそらくこんな色だろう、思い込んでいる自分に気づく。(あき子)

青々と水飲むかたち糸蜻蛉   潮音

★糸蜻蛉は、その小さな身体をふいふいっと漂わせ、妖精のような軽やかさで水面を飛ぶ。また、華奢な羽を背に合わせ、水際の草にじっと止まる姿は、神聖な祈りの形にも見える。掲句では「青々と」の引き合わせにより、まるで水しか飲まない清らかな昆虫であるかのように、美しく捉えることに成功している。(あき子)

中年の青息吐息やラムネ玉   夏海

★中年という年代を「青息吐息」に託したのは卓抜した表現である。この青息吐息がなんだが、映像的に見えてくるのは他のどれでもないレトロな清涼飲料水ラムネのせいである。そして、壜のラムネ玉を抜くときのあの大きな音のせいである。(喜代子)

茄子漬の青に染まりて昼餉かな   野乃野鳥

★真夏の昼食も、エアコンの前では年中同じ表情になる。日盛りを歩き、かき氷を食べたくなっても、甘味処の室温が21度であれば、注文を待つ間にすっかり気分は消沈してしまう。しかし、掲句にクーラーの影はない。扇風機が首を振り、卓袱台に正座する、日本の夏の正しい昼餉である。もちろん茄子漬は手作りが望ましい。(あき子)

羅の青いビーズの音すなり   佳子

★夏の着物に身を包むと、薄い硝子の器に収まっているような心地になる。手許から足首まですっぽりと覆われているにも関わらず、その透明度は、タンクトップでむき出しの手足よりずっと涼し気に映る。目の前を青い金魚が通り過ぎたような、そんな涼感が伝わってくる。(あき子)

誤算です乗換え駅の青田風   真珠

★「誤算です」という唐突さに、目を見張ってしまう。それから目をきょろきょろさせながら何が誤算なのかを探しまわってしまった。れでも、上五の措辞によって青田風に顔面をおもいきり吹きなぶられる感触が伝わってきた。息もつけないような一瞬の青田風の勢い、それこそが誤算なのである。(喜代子)

青蔦に肘ふれてゆく郵便夫   牧タカシ

★青々と蔦の這う路地に、郵便夫が消えて行く。それだけで、ストーリーを感じるのは、郵便夫が運ぶものが手紙だからである。その肩にかけた大きな鞄のなかに、人が人へと書き送る喜怒哀楽が詰まっているのだという事実が、蔦をよりきらめかせる。肘が触れるような細/?い路地は、その先に住まう人々の生活の象徴でもある。触れるという感触を伴い、一層市井の呼吸が生き生きと感じられる。(あき子)

青空の果ての果てまで蝉時雨   舞姫

★蝉時雨ということばを始めに使ったのは誰だろうか。真昼の太陽のもとで、蝉声の大合唱は、青葉に当たる雨音にも似ているのだ。この句の省略の巧さは、青空に視線をあてたことにある。「青空の果ての果てまで」というとき空が深い穴のようにも思える奥行きを持って、蝉時雨の音を増幅させていくのである。(喜代子)

青葦をぐんぐん進む真顔かな   顎オッサン

★真夏の葦原は身丈を越す高さに成長している。その葦原を縫っていく人が目に止まったのである。何のために葦を分け入っているのか。ただもくもくと葦を掻き分ける人に目をとめると、先に何があるのかと思わせるような真顔だったのである。真顔という言葉で、葦原の中の人物が印象深く飛び込んでくる。(喜代子)

青岬左手に相模右手に伊豆   以和於

★岬の突端に立ち、海原を正面に据える。崩れる波音の先にある、右手の土地も左手の土地も、今立っている足元の地面に繋がっている不思議を思う。風に身を乗せるように、周囲を見まわせば、この世に存在するすべてのものに与えられた、それぞれの意味が、ほんの少し理解できたような気持ちになる。(あき子)

柿青し眼鏡をひとつ新調す   舞姫

★新しい眼鏡を買うと、世界が生まれ変わったような気分になる。今まで見えなかった、新しい色や形が、まるで昔話の「聞き耳頭巾」のように目に飛び込んでくる。毎日通う道すがらにも、葉陰に隠れ気づかなかった青々とした柿のi実が、「ずっと、ここにいたんですよ」と初夏の日差しのなかで輝いている。今日は少し遠回りをして、帰ってみようと思う。(あき子)

瞑る目に影青みゆく立葵   魚野

★地面の自分の影を見つめた目を空に移すと、大空にも同じ影が見える。残像なのである。子供のころはそれが不思議で何度も繰り返しては、空の影を見つめたものである。魚野さんはそれを自分の目裏に見ている。日差しの中の立葵は赤、白、ピンクと鮮やかだが、瞑った目の奥の残像は見ようとすればするほど青いのである。それがなんだか、もどかしい気がする。(喜代子)

青春を語る青春冷奴   正

★冷奴をつつく幾本かの手が、若いところが素敵である。よそから見れば、まだ青春のさなかにいるような若者が、青春の日々を語ることの滑稽さと清々しさ。何を笑っているのか、はたまた嘆いているのか、そんな話題にそっと耳を澄ましているのは、きっと青春が終ってしまった私たち。(あき子)

わが子らに見えしたてがみ青葉騒   花茨

★青葉が激しく音を立て、木漏れ日がきらきらとこぼれている。そんな光のなかで遊ぶ子らの姿に、作者は「たてがみ」を見たのだろう。「たてがみ」とは、現在を疾走する子供たちの象徴でもある。美しいたてがみをなびかせて、子供時代は過ぎていく。(あき子)

蝶番ごと青く塗られし海の家   siba

★この句の魅力は「蝶番ごと塗られる」という視点である。そのフレーズが、使う月日より、海風に曝されている月日のほうがはるかに長い海の家が、久々に活気付いていく情景を鋭く捉えている。(喜代子)

青梅は青葉のかげや雨あがる   風湧

★青梅が青葉の影にあることは何の不思議もない風景である。だが「雨あがる」という措辞によって、それまで輪郭をもたなかった風景がにわかに鮮明に提示されるのである。(喜代子)

動かざることも人生青葉木莵    なかしましん

★生きていくことは変化していくことだと思っていた。しかし、動かざることも人生だという。青葉木莵は昼の間、葉陰に隠れるように動かず、夕暮れが迫ると動き出す。昨年明治神宮の北池で、腹部だけ欠けた蝉の数十の死骸が木の下に散乱していた。これが青葉木莵の仕業だという。動く時を選択し、状況を見据える油/?断ない鋭い目が、木の葉の陰から光っていたのである。(あき子)

青簾おろせばしましまのあたし   きっこ

★壇一雄の『光る道』の冒頭部分に、半ば上げた御簾の影が姫の額に揺れる影を落す、という描写がある。このわずか一行が忘れられず、度々手に取る小説である。美しい姫君の口から発せられる可憐の質問と、非情な命令。死をゴールに据え、頬を切る風と、馥郁たる香りが重層する作品である。「しましま」と簡略に言い放つとき、頑是ない十六歳の姫君が、掲句の作者に重なる。「青簾」が織りなす光と影の刻印が、全ての存在をねじふせてしまう。(あき子)

稲作の北限といふ青田かな   たかはし水生

★北限の作物というのは、自然への挑戦である。もともと熱帯性の稲を、寒冷の地で育てるという試みは、北海道の開拓の始めから、それも稲作が禁止されていた時代からの挑戦だったという。去年は冷夏で米農家には悲しい年だった。今年は、どっさりの雨とたっぷりの日差しで、青田が見事な黄金色の稲穂になることを祈っている。(あき子)

天の川いまでも青い地球かな   ミサゴン

★「地球は青かった」と言ったのはソ連の宇宙飛行士ガガーリン、1961年のことである。山頭火が生きていたら、この言葉に打ちのめされたのではないだろうか。ミサゴンさんもまた、この言葉を胸に抱き続けてきたのである。天の川を見上げながら、天の川からの地球を想像している。(喜代子)

青水無月机の底の電話帳   坂石佳音

★青水無月とは陰暦6月の異称。森も林もみどりを濃くしてゆく季節である。その季節の中で、机の底の電話帳に目をとめた作者がいる。数字の羅列に過ぎないのに、たどれば声の返ってくる不思議さが、緑の濃い風景とかさなって、木々の色をなお濃くするのである。(喜代子)

砲弾は錆びゆく麦は青みゆく   BOYO

★今もどこかが戦地。「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶ(ヨハネ伝福音書12章24節)」。犠牲の死なんていらない。麦よ、青く青く茂れ。(あき子)

梅雨明けて空にでつかい青リボン   蝉八

★梅雨に入ると、途端に青空が恋しくなる。和歌の世界で「長雨」に「眺め」をかけて、恋の歌を詠うように、雨には雨の美しい表情があるけれど、人はやはり太陽を好む。雲上快晴。梅雨の厚い雲の向こうには、真っ青な夏のリボンが結ばれている。(あき子)


予選句

天気図を横目で睨み青林檎ゆうじ
青嵐露座の大仏膝ゆるむとちの実
青磁色夏は朝夕あきらめて曇遊
青い息 汗と涙を 込めし日々日計
梅雨明けの 焼きつくような 空の青日計
今はもう星は見えずに青葉木菟みぶこ
空浮かぶ 風鈴ゆれて 青を聴く日計
光る風散り逝く青に生を受けSen
青柚子をもぎれは棘の真青なり文里
青錆の梵鐘止みて星月夜茶筅
青畳風滑らして夏館舞姫
青きこと欲張りもせず夏の空舞姫
青空を映す古池赤とんぼかおる
この青は高気圧色梅雨明ける美遊
望郷や瞳に映りたる青葡萄夏海
滴りや青き鱗粉追ひゆけば悦子
青空へ半旗掲ぐや原爆忌雄公子
ピーマンと艶を競いし青蛙せいこ
青臭き議論はてなし冷奴以和於
アオスジのステンドグラスか木漏れ日か曇遊
朝顔の青の憧憬白昼夢玲音
駅で待つアオスジアゲハの行き先は曇遊
瓜をもむきしむ青さやあさの音ミサゴン
青簾黄色き声の筒抜けに桂姫
へた取りて茄子の青の厨かな野乃野鳥
難産の青薔薇むしろ紫か米川五山子
青待ちの白扇揺れるオフィス街法花
青頭夏休み入る球児たち法花
青嵐モンロー娘膝捌く法花
青葉月死出の衣装もうすみどりせいこ
青い恋ピリオド打てぬ夏の果て舞姫
金魚玉青空透かし海泳ぐ舞姫
蚊遣して青海原へ転がれり夏海
菅貫にそこはかとなく湖の青和美
腕まくり月代青く夏芝居和美
青蚊帳の大海原へ入れてもらふ和美
計らねばならぬもの有り青簾麻子
青簾青の景色を眺めけりハジメ
いっときの青き炎や虫篝やんま.
青嵐や老いの血潮を騒がせり太田西亀
青いわねともう言わせないぜ赤ピーマン曇遊
青垣根半ば壊れて夏の夕かえる
青々と暑さにからむヤブカラシ曇遊
刈り込みし青葉の匂ふ夕べかな
そそりたつ氷河の青く光ゐて
朝粥は旨し青野へいざ行かん英昭
青き月濡れたるままの半夏かな隆暁
青東風のときをり赤くにほひけり坂石佳音
五センチの青きカマキリ立ち向かふ曇遊
沙羅の散る廃屋に月青青と舞姫
水遊び青き瞳のキューピーよハジメ
大好きな青シャツを着て水鉄砲米川五山子
青踏みて足裏の白さ覚えけり太田西亀
梅雨晴れや青い山脈響くバスかおる
よ-いどん子ら駆け抜けぬ青信号なかしま しん
汗みどろ青の仕事着藍にしてミサゴン
青かつたでも春だつた遠花火葉山
青大将長谷寺みちをとうせんぼたかはし水生
東山魁夷の青に夏館たかはし水生
青すだれ初恋の人すでに亡く深雪
青黒き金庫嵌めたり夏座敷牧タカシ
岩狭間居場所断固と青芒魚野
青鷺や孤影というは強さとも花茨
日盛の白砂青松牧水館岩田 勇
青あらし女御殿の戸を鳴らす深雪
青空はペンキ塗りたて雲の峰夏海
青眼に構へ五位鷺瀬を見詰む平田雄公子
フィレンツェの青き目人夏帽子曇遊
青空の傾ぎて雷雨ひとしきり夏海
青箸の日や釣糸を垂れてゐるきっこ
青饅や明るいうちの夕ご飯伊勢真珠
青鷺の痩身の身を蹴り上げてハジメ
谷のみち青大将の通せんぼなかしましん
空の奥青も消え逝く黒い川半炒蘭
青信号のやうな人生夏つばめ米川五山子
余白あるめだかの学校青遠くSen
青天井亀の一家の昼寝かな米川五山子
青空に母の布団を干しました曇遊
アペリティフ青から蒼の海が夏伊勢 真珠
青き日々吾が咎責むる棕櫚の花隆暁
青鷺や田面に一線影を引き隆暁
白鷺の翔つや青田に影残し隆暁
青葉闇拒否の形に唇(くち)閉ざすこうだなを
いつよりのなむの大地の青田風岳 青
青年は青年らしき夏帽子ハジメ
稲作の北限といふ青田風たかはし水生
青嵐吾子には色の世界無くミサゴン
白黴のチーズが青く黴びてゐる牧タカシ
奥谷の水際の岩の蟹青きsiba
背に青嵐捨てし荷物の重さかなsiba
一呼吸して帰ろうか青葉風麻子
指先に繋がる滴青葡萄