2010/2/7 日曜日
わけのわからないことばかり
昨日も今日も風の一日。窓から眺めていると木枯らしのようだが、戸外に出てみると、思ったほどの冷たさではない。やはり春は確実に訪れている。この風も夜は静まってことりともしない。
パソコンも基本的なことはようやく使いこなしてきたが、細部の、たとえばデスクトップの画面を思うようには変えられない。メール設定が、気に入るようにならない。インストールしたハガキソフトが使いこなせない、などなどたくさんある。
そのうえ不可解なことも起こる。送ったはずのないメールの返事が来る。そんなことはよくありますという人もいるだろう。私に来るはずではないメールが来て困ったことがあった。しかし、私のはお見舞いのメールへの返信なのだ。手が滑って隣のアドレスをクリックしてしまうはずもない作業なのである。ボケたんじゃないのなんて言われそうだ。
とりあえずは、わからないことはメモをしておく。いちどパソコン教室ですっきりさせよう。ほんとうは、このパソコンを買ったときに電話で問い合わせが出来るシステムに申し込んでありるのだが電話がつながらなくて、一度も利用していない。
それでもとにかく、石鼎ブログも滞りなくアップ出来るし、ホームページ投句も受け取れる。やれやれ・・。
2010/2/3 水曜日
春の雪
夕食のあとのニュースを見ながら
「永田町には雪が降っているんだ」と娘が言うから
「いやー、あれな前日のでしょう」と私は言った。
「いやいや、今日のです」
娘がそう言ったので、東京がまた雪に見舞われているのだと思った。
ところが真夜中に外を見たら、解けたはずの藪が雪をかぶっていた。
それで、あの会話をしている同じ時間帯にわが地域にも雪が舞っていたことを知った。
夫の手術は無事にしかも予定通り。朝、義妹が一緒に立ち会ってくれると車で迎えに来てくれた。「ひとりで大丈夫だから」と言ったが、それでも何かあるといけないからいう。そうして、娘も朝早く仙台を発ってやってくるというので、「来なくていい」と言ったのだが、やっぱり一家でやってきた。総勢で立ち会っても立ち会わなくても、手術の結果はかわらないのに。
肺は呼吸器だから、袋のような状態を想像したが、切除したものを見たらレバーのようだった。前日の説明で組織を取り出して、初期だったら15パーセントほどの切除。それより進んでいたら23パーセントの切除と言っていたが、15パーセントで済んだようだ。
しかし、前日の医師の説明では、23パーセントのほうが手術としてはやさしいらしい。なぜかというと肺は蜜柑の房のような構造をしていて、23パーセントのところはひと房なのだという。しかし、今回の手術はひと房の半分位をとる区域切除なのだ。想像してみるれば、確かにややこしい手術だ。8時に手術室に入って、出てきたのは午後2時だった。たしかに一人で待つのでは辛かったかも知れない。
2010/1/31 日曜日
ビクトル・エリセ
初めて夏石番矢さんのお宅を訪問した。世界俳句協会の発送日なのだ。鶴瀬駅から10分くらいといったが、たぶんその倍は掛かるだろうと思っていた。しかし、実際にはその三倍くらいうろうろしてやっと辿り着いたので、すでに雲井さんが封筒詰めをしていた。正津ゼミの雲井さんがくるので私にも声をかけたのだろう。
夏石さんから発送のお手伝いしてくれませんか、というメールが入ったときは、実はどうしようかなと躊躇った。同じ日に新文芸坐でその日だけ「ミツバチのささやき」と「エル・スール」を上映するのだ。仕事のあとお茶をいただいて雲井さんに映画のことを話したら、一緒に行くということになり、最終上映だったが心強く池袋まで行くことができた。
「ミツバチのささやき」はスペイン内戦を背景にした小さな村の6歳の少女の想念が生む物語だ。村に映画「フランケンシュタイン」が来て、村中の大人も子供も集まって映画を観る。その中の6歳の少女は姉のことばなどから「フランケンシュタイン」の存在を信じている。姉と共に遊ぶ村はずれの廃墟は少女の夢想の世界への入り口なのだ。
「エル・スール」は「南」というスペイン語。50年代後半,北スペイン.県立病院の医師だった父がある朝突然姿を消す場面から映画は始まる。娘は父が愛用していた振り子が彼女の枕の下にあったことから、父はもう帰らないつもりだとさとる。
そこから、その意味を回想的に物語る。この映画の映像が美しい。ことに美しいのが少女が聖体拝受のとき。花嫁のような少女のためにはるばる故郷の祖母と父親の乳母だった人がやってくる。それほど重大な儀式であることを知るのも、この映画の見せどころ。「ミツバチのささやき」が目的だったが、映画としては「エル・スール」のほうが好きである。この映画はエリセ夫人の原作の映画化だという。
ビクトル・エリセ監督の映画は「マルメロの陽光」をはじめとして語らない映画である。聞くところによると、エリセは「奥の細道」をぼろぼろになるまで読んでいるらしい。そのへんにも語らない映画の秘密がありそうだ。
俳句研究2010年《春号》
2010/1/28 木曜日
江の島の朧月
江の島の参道のあたりはにぎやかだったが、奥のほうは半分ほどは閉店状態。吟行、句会と続いて5時には会場を出て、江の島駅近くまで移動。途中で日が伸びたわね、と言い合ったが、江の島の橋の上で日が暮れてきた。今日は榎本さんの俳人協会賞のお祝いもかねた飲み会になるのだからお店も選ばなければ。
吟行はほんとうに難しい。というよりも眼前の風景を見るということに終始するだけになるからだろう。そうだとすると、そのときの作者の内面は何も作用していないのだろうか。無意識のうちにも重なるものがあれば成功するのかどうか。どんな状態になれば成功するのか未だにわからない。
曇つたり晴れたり島の白子丼
暖かさはまさに春なみ。写真は江の島の橋の上からの朧月。反対側には富士山が見えて 白波五人男も現れそうな陽気だった。確かにもう節分も近い。携帯で撮った写真だがしっかり月が収まった。
2010/1/27 水曜日
句集「スモークツリー」と「アングル」
川島由紀子句集「スモークツリー」 1952年生 「船団の会」所属
ことばから言葉への着地の方法が、坪内稔典氏の主張である。この句集は、その飛躍が面白い。
山を見て湖見てわたしふきのとう
きさらぎの光のテイッシュつまみあげ
横歩きする蟹と私と春の月
打たれたい大夕立に尾びれまで
ぎんいろの鱗で来なさい月の夜
~~~~~~~~~~~★~~~~~~~~~~~
小久保佳世子「アングル」 1945年生 「街」所属
一億の蟻潰しゆく装甲車
花種に似たる薬を五粒ほど
熱帯身体の中を列車音
きりぎりす遠き床屋へ行つたきり
紫陽花は昨日の日本海の色
真直ぐに冬木のままで待つてゐる
熱帯夜の中の列車音はまことに実感しながら、かつ詩を内包した風景。「真直ぐ」の物語性もまた想像力を膨張させてくれる。前記の「スモークツリー」と同様にこの句集名もカタカナである。そのカタカナを選ぶところから、この二つの句集の出発はありそうだ。
2010/1/26 火曜日
1日歳時記 2008年10月刊 小学館
「逢ひたくて螢袋に灯をともす」の句の使用依頼がきたのは、ずいぶん前である。一冊くらい送ってくるのかと思っていたら音沙汰もない。あれはどうなったのかなー、と思っていたら、既に版を重ねていた。 見開きページにあるように、「一日歳時記」はその名の通り朝・昼・夕・夜に分けたもので俳句だけではない。写真にあるのは春と夏の夜の部分で文章の抜粋もある。監修者は金田一秀穂、すなわち金田一京介の孫である。
一日(ワンデイ)歳時記 この文字にリンクされてる本の紹介の中に一部分の内容も表示されているが、第四章の「月光スペシャリスト養成講座」の月の呼び方。第五章の「夕と夜の愉しみをさらに極める」の中で触れている「宵」「黄昏」についてが面白い。100ページほどの薄いものだが、俳人が忘れていそうな夕暮れから夜になるまでの時間の推移の隙間の解説がことに面白い。
実用的には、朝の季語、昼の季語、夜の季語とする分類が独特。たとえば朝の季語として、朝顔は朝に決まっているが、露草・草雲雀・水霜など意識して使っていただろうか。たとえば、石鹸玉・半仙戯などを昼と意識して使っていただろうか。
2010/1/25 月曜日
新型インフルエンザ
出かけることが多いので、どうしようかな、と迷っていたがやはり予防接種をうけることにした。予約していたインフルエンザの予防接種が今日だったので、早起きしようと思ったのに目覚めたのは9時だった。昨日の「俳人協会埼玉支部」大会の打ち合わせのあとの武蔵嵐山駅前で飲み会になった疲れもあったかも。
いやそれよりも、真夜中に目覚めてしばらく寝付けなかったせいもある。新しいパソコンの不慣れも、気持を高ぶらせるものだったが、俳人協会評論賞の結果も、まったく無縁と言ったら嘘になる。
金曜日の角川新年会の翌日が俳人協会評論賞の選考日だった。出版したときには、そうした賞とは縁遠いと思っていたが、パーテイの会場でも「あれが受賞しなかっら変よ」などという言葉を受けてしまうと、当日は期待してしまう。選考で得点を入れない辯もなんとなく想像できたが、それはそれとしてこれからもやっぱり石鼎の句を紹介していこう・・・。などなど・・・。やぱりしばらく、後遺症があるのかもしれない。
それにしても、「頂上の石鼎」を出版して感じたのは、石鼎という名前が、若い人たちにも浸透していることだ。そして、その名前を発信するたびに、俳人の心の底に沈んでいた石鼎という俳人像がきわめて刺激的に浮上するのを感じ取れた。書き始める時はどうしても石鼎と思ったわけでもないが、まーまたコツコツと書いていこう。
2010/1/13 水曜日
『俳句四季』2月号
「ににん」の雑誌には広告を載せるスペースがない。それと、全部を載せるか載せないかの問題も生じてくるせいもある。とりあえず、「ににん」に関係のある記事の号だけはブログで掲載することにした。今月は『新作家訪問』に登場。
角川『俳句』二月号
永久保存版 『花の歳時記』 東京四季出版
2010/1/11 月曜日
ウインドズ7に90パーセント移行
どういうわけか「原石鼎ブログ」だけがパスワードを保存しなかったみたいで、新しいパソコンからログイン出来なかった。問合わせ中だったが、その返事が来る前に古いメールからやっと探しあてた。ほっというところ。あとはハガキソフトの問題が残っている。これはどちらかのメーカーに問い合わせるしかない。ハガキソフトも繊細で、ときどきそっくり住所が消えてしまう。
細かなことを言えば、文字入力のことやら、ページレイアウトの以前との違いによる戸惑いやらがあるが、とりあえずは使えるということになった。やれやれ。この無線方式というのは、内容を読み取られやすいのだそうだが、わたしには読み取られてこまるほどのものもない。とにかく、家のどこへでも移動して使えるノート型は便利だ。
というわけで、今朝UPした石鼎ブログは新調のパソコンから のもの。
2010/1/7 木曜日
七種
夕がた散歩をしていると、立ち木が半分夕焼けていた。
今年の大晦日も12時を過ぎると、娘の家族とともに近所の氷川神社に出かけ、そうして3日目にはもとの静寂がもどるというパターンだった。そうして今日は七種粥に目覚めて、正月気分を抜け出したのも例年のことだった。
まずはパソコンの身辺の整理。まだ古いパソコンを捨てるわけにはいかない。何しろ機能は半分くらいしか稼働していないのだ。まずはネット関係は「原石鼎ブログ」だけが何故かログインできない。ホームページはしばらく木佐梨乃さんにお任せすることにした。もともと彼女の作ったホームページである。ハガキソフトがインストールできない。ウインドウズ7に対応していないのでは、と木佐さんがいう。それも考えられる。しばらくは大変だ。
それでも古いマニアルやらCDやら、ゴミ袋がふたつ出来た。ひとつ捨てられないものがあった。パソコンに対応したプリンターを買ったので今までのインクが残ってしまった。PIXUS bcl-7ey(黄)・ bcl-7eM(赤)・bcl-7ebk(黒)の未使用がある。どなたか、このインクを使っている方には差し上げたい。黒は3個くらいある。機種を新しくしてもインク位は同じにするればいいのに、頭が悪いなー。
