今までの兼題
| 第1回 | 海 | 第2回 | 岩 | 第3回 | 風 | 第4回 | 雨 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第5回 | 地球 | 第6回 | 獏 | 第7回 | 焔 | 第8回 | 鎖 |
| 第9回 | 闘 | 第10回 | 鬼 | 第11回 | 面 | 第12回 | 悪 |
| 第13回 | 数 | 第14回 | 憎 | 第15回 | 兄弟 | 第16回 | 骨 |
| 第17回 | 青 | 第18回 | 飛 | 第19回 | 指 | 第20回 | 輪 |
| 第21回 | 五 | 第22回 | 進 | 第23回 | 祝 | 第24回 | 角 |
| 第25回 | 羽 | 第26回 | 貧 | 第27回 | 洋 | 第28回 | 雀 |
| 第29回 | 父 | 第30回 | 肩 | 第31回 | 円 | 第32回 | 満 |
| 第33回 | 第34回 | 第35回 | 第36回 |
★2月26日までの投句
寝転べば大円盤や春の空 中村光声
★のびのびと芝に横たわり、空を見上げている。春の茫洋とした空気の中で、だだっ広い大地と大きな空が一体と化し、自分がかすんで小さな存在に思えてくる(禎子)
★東海道線二宮駅から五分ほど歩くと吾妻山の入り口がある。段々と山道がかなりきつい。が、130メートルあまり登ると360度の大パノラマに行き着く。箱根、丹沢、富士と山ばかりではない、視界には相模湾もあり県内花の名所でもある。掲句ですぐに吾妻山の景観が思い出された。寝転ぶにも春が適う。あの芝生には園児も大人もよく寝転んでいる。(恵子)
うららかに百円ショップ覗きけり 西方来人
★百円ショップは驚きであった。スーパーが安いと思っていたのにさらに安いのである。それもみんな百円とは。今では生活に密着した存在になった。10個買っても1000円である。麗かな日のささやかな気晴らしの結果が家の中に散乱している(禎子)
★大の男が、百円ショップを覗くなんて、あまり格好の好いものではない・・。などと、自問自答しながら、春のうららかな陽気に乗せられて覗いてみると、意外にも多くのものが並べられているのに驚く顔が見えるようである。『うららか』の季語が動かせない・・。(竹野子)
円卓に上座と下座春の月 夏海
★円卓を囲むというと中華料理を思い浮かべるが,円卓にも上座もあれば下座もあるというのは、なるほどと思った。春宵一刻のなごやかな会にもちゃんと上下関係が存在するのだ。折りしも春の月は、下界とは無関係にあくまで円かに、そんな円卓を見下ろしている。(千晶)
★円卓での晩餐会だと言うのに、上座と下座があるというのだ。一般的には、出口に遠い方が上座で、近い方が下座である。上司と部下・年功などに気を配りながら、「まあまあどうぞ・・。」などと勧め合ってやっと治まった晩餐の卓に、春の月が仄々とした光を注いでいる。(竹野子)
★クイズ番組で円卓の上座はどこかと質問していた。答えは出入り口の正面の席とのこと。中国を旅したときはいつも食事は円卓であった。円卓は見知らぬ人々が知り合うのにとてもいい方法である。まさに雲南は春であった(禎子)
★上下、席次など面倒なことにならぬよう配慮した円卓会議が行われる。特に外交が絡めばなおのこと。われわれの宴席レベルでも確かに起こることではある。掲句はそこを突いて面白い。円い卓と春月のおおどかさが句を広げた。(恵子)
くれよんのむすべる円や春の母 祥子
★幼い子がクレヨンをにぎり、母の顔を描いている。円を描き、円い目を二つ、円い口などを子供らしく、少しゆがんだ円で描いている様が浮かんでくる。それを楽しそうに見守る母がいる。子育ての頃の思い出だろうか(禎子)
待ち合わせ闇夜の円タク鬼祭 小兵衛
★鬼とは「おぬ」が転用されたもので、本来は姿の見えないもの。心の中の畏れが生みだした人為を超えた存在のようだ。鬼祭りがどんなものかわからないが、「豊橋鬼祭り」が全国的に有名である。そんな鬼祭りを見た後の闇の中で円タクを待つというのがなんだか可笑しい。(喜代子)
豆まきの鬼の円い眼笑いけり ミサゴン
★鬼の面を被っても目だけは隠せない。その目が笑っているというあたりに、きわめて近隣の氏神で行なわれている節分の行事が想像できる。東京の今年の節分は雪で明けた。たまにはこんな雪の節分もいいものだと、思いながら節分の豆を食べた。(喜代子)
方円に収まりきれぬ冬銀河 西方来人
★「水は方円の器に随う」という諺は、水がそのいれものどおりの形をとるように、人も環境によって性格が変わるものであることを意味する。しかしこの冬銀河の見事な星空は、方円の器を溢れださんばかりなのである。「収まりきれぬ」の措辞で星数の多さとそのまばゆさ、宇宙の広大さが伝わってくる。東京では見ることもかなわない、羨ましいような光景である。(千晶)
冬蝶の影曳きゆけり円月橋 中村光声
円月橋影曳き越ゆる冬の蝶
★上五と下五の入れ替えから、冬の蝶にこころを寄せて一句にまとめたい気分が充分伝わります。ここまでやったのですから、もう一手、主役のための入れ替えをしたらどうでしょう。 「影を曳き円月橋越ゆ冬の蝶」(恵子)
とんがったつららの先の水円か ミサゴン
★凶器にもなるつららが、平仮名の表現により、メルヘンな状景を思わせます。太陽の差し込む位置が変わり始め、春隣りの浮き立つ候になりました。(恵子)
雪積もる夜の一人の円舞曲 みどり
★一人の夜に聞く円舞曲は何故か寂しい。一人舞ひたくなる淋しさ。新劇の「女の一生」の幕切れ近く、戦災の焼け跡にてかっての恋人と再会した布引けい(杉村春子)が「踊りましょうか」の台詞は淋しい。(もとつぐ)
★どこか物語り性のある句である。もしかしたら外国での体験かもしれない。雪が積もって舞踏会は中止になり、部屋で一人で円舞曲を踊っている。本当はあの方と踊るはずだったのにと、目をつぶりあたかも組んで踊っているがごとく(禎子)
風花に楕円軌道の一度きり 隠岐灌木
★風花の軌道に一期一会の軌道がある。その軌道に出会う一会(もとつぐ)
★風花だけをみつめていると、こんな句が詠めるのかもしれない。風花のひとひらひとひらの行末を見つめていると、悠久の時間をもたらしてくれるのではないかと、この句を拝見しながら思った。(喜代子)
観梅や四百円のカップ酒 森岡忠志
★梅見の頃はまだ寒い。カップ酒で身体を温めるしかないようだ。一缶だけだったのだろうか。それとも缶を重ねたのだろうか。ともかく四百円で素晴らしい観梅ができたようでよかった!(禎子)
★あちらこちらから、観梅の便りが届く今日この頃、ご当地の観梅に足を運んだ作者。野点などを横目に、屋台で一杯のカップ酒で温まる男の息が感じられる。『四百円』と具体的に言切った事で、桜の花見とは一味違った『観梅』ならではの雰囲気が伝わってくる。(竹野子)
冬ぬくしプラネタリウム円天井 みどり
★天体の位置や運動を映し出す精密な光学装置を備えた施設であるが、円天井に映し出された恒星や惑星、太陽や月の冬から春へ移ろう天の営みを楽しみながら、春を待つ心情を重ねた。『冬ぬくし』の季語の本意によって、夏や秋の空とは違った情趣があろう。 (竹野子)
円周の一つの端に冬の富士 泰
★近所にチェックメイトというゴルフ場がある。町の一番高いところにある。さすがに初日の眺めには絶好の場所で、振り返ると富士山が鴇色に染め上がって行く。四囲が円くみ えるのは高いところに限ると思い込んでいたら、足柄平野の金次郎の生地、栢山の松並木の土手も、初日の出の穴場と知った。そこも振り返ると一年中富士の雄姿をみることが出来るのだった。掲句無駄のない格調高い作品にお目にかかった。(恵子)
梟啼く楕円の月の辺りかな 中村光声
★枝にとまる梟のシルエットが楕円のような月を背景に浮かびあがってくる。まるで童話の挿絵ような情景が描きだされている。月が丸くなくて楕円であることも、梟の声のする夜の森の不気味さを暗示しているようだ。(千晶)
★今夜、1月27日の月のカレンダーの絵はまさしく楕円である。冬の夜、しかも満月だと凄惨さが深いが、少しずれた楕円の月というところで、むしろ梟の声がやわらか味をおびて聞こえてくるようである。(禎子)
山里のまるごと円く年明くる 遊起
★俳句はリズムと思うとき、この句の一気呵成な勢いが読み手の胸に飛び込んでくる。山里の提示はどこか童画的で、その印象に輪郭を持たせる措辞が「まるごと円く」である。そうして上五中七の十二文字が「年明くる」の季節感へ導かれるのである。(喜代子)
射し込んで円の窓から春隣 西方来人
★春隣とは春近し、春がすぐそこまで来ているという気配である。四角ではなく円い窓から入ってくる光の明るさ、暖かさに春が近いと感じている。やはり円い窓だからこそではないだろうか。そういえば、1ヶ月前にくらべると、日が暮れるのがかなり遅くなった。春隣が人間のような塊として扱われているようで面白い。(禎子)
円卓に父は熱燗子は宿題 華子
★この句はなにも説明の要らないと思うが、父親が熱燗のほろ酔い加減でわが子に宿題を教えている、微笑ましい情景が目に浮かぶ。日頃残業で子と触れあえない休日の父の姿であろうか。今人気の昭和30年代の円卓といえば小さな卓袱台であった。いつ頃から卓袱台から円卓になったのだろう(禎子)
雪かいてかいて円形広場とす acacia
★円形の広場にしたというのは、いかにも都会的だとおもう。催事を予定していたのだろうか。かいてかいての繰り返しにまた、円形にしていくという目的に非常に楽しみが秘められている。読む者にも弾みが伝わった。(恵子)
日向ぼこかごめかごめの小さき円 坂石佳音
★幼少の頃よく遊んだ『かごめかごめ』、鬼になったときなど好きな子を捕まえてドキドキした事が昨今のように懐かしい。『小さき円』が、遊ぶ子供の人数までも想像させる。微笑みながら見守る佳音さんの優しさが嬉しい。***『日向ぼこ』の季語の働きが、この句の眼目であろう。(竹野子)
初場所や円弧を描く土俵入り 半右衛門
★初場所が無事に終って何よりのこと、世の中が狂うとスポーツ界まで変になってしまうとは世も末だ、日本の古式ゆかしい伝統の相撲の土俵入りは『相撲道』の心が表出された大切な儀式。『円弧を描く』に心からの声援と期待が寄せられている。(竹野子)
鳰消えて冷たき円を残しけり 閑 魚
★浮寝鳥の仲間が遠近に点在する中にあって、鳰が水中に潜った。水面に広がる円い波紋を見つめる・・なかなか上がって来ない。すると、かなり離れた処に浮上した鳰を見つけたのだ。『残しけり』によって、鳰の潜った所と浮上した所の位置関係が見えてくる。『冷たき円』の中に万感の思いあり。(竹野子)
円き背を反り返しけり冬うらら 西方来人
★年をとると何気ない動作に大きな意味がある。冬麗に腰を伸ばす。もう春隣である。(もとつぐ)
音のみな円の内なる霜夜かな shin
★厳冬の音は閉じこめられたように地に低く響く。霜夜のおとはプラネタリウムの全天のような円い虚空に響く。硬く乾いた音、月は天心にあり。(もとつぐ)
★自分を、あるいは家を中心とした一定距離の物音しか聞こえてこない深々とした夜。中七の的確なまとめが詩的な広がりを生んでいる。(恵子)
円錐の独楽に秘めたる力かな 祥子
★この眼目は「秘めたる力」にある。止まっていれば傾いたまま何の力も見せない独楽の、廻り始めたときのスピード、持続力、そうして色彩。まったく生き物のような変身の仕方に作者は驚いているのである。独楽そのものの本意を引き出そうとしている。(喜代子)
ラガーらの円い雄叫び天を突く 阿愚林
★相手側とスクラムを組む前に、ラガーたちが気合を入れるため円陣になって声を掛け合う様子を「円い雄叫び」と表現したのだろう。「円」という席題の使われ方に意外性があり、ラグビーの句としても異色な、すぐれた一句である。(長嶺千晶)
冬空に半円描き鳶が去り 西方来人
★なんともないような風景である。ただ、鳶が暫く円を描いて去っていったというただそれだけの情景が、冬空の静寂を感じさせてくれる。(喜代子)
円陣の真中に在りて初写真 蛙
★大きい輪であろうか、こじんまりした集合だろうか。ともかく、陣の真ん中に収まる立場はスポーツであれば花形のはずであるように、何の場合でも統率力のある者の位置に違いない。今年の活躍が象徴される季語、初写真が良かった。(恵子)
★めでたさを一枚の写真の中に封じ込めて、それをのちのちの自分、あるいは親族が幾度開くことだろう。その度にしんと哀しいような、懐かしいような気持ちをもつ。そうして作者は永遠にその真中におさまっているのである。初写真の季語が物語るものは多い。(喜代子)
恋心映すよ円の氷鏡 曇遊
★こいごころうつすよまるいひもかがみ平仮名のように読みこなした。新潮社から旧年出された日本語漢字辞典で確かめてみた。円は勿論まると読める。大辞林では氷鏡が見当たらず、氷面 (ひも)がある。広辞苑に氷面鏡がある。俳句の解釈は人それぞれだと聞いているので、作者と離れて作品は歩いてゆく。勝手に平仮名のように読んだとき、氷面鏡の神秘性に酔っている。(恵子)
年の瀬の夫婦円満障子張り 内藤紅葉
★障子を冷たい水で洗うのは結構労働である。なかなか紙が桟にこびり付いていて剥がれにくい。夫婦仲良く冗談などを言いながら貼ってゆき、貼り終わった後の真っ白い障子に、今年も無事に過ぎて、新年を迎えることができるという満足感を覚える。終わりよければすべてよし。とても羨ましい風景である(上田禎子)
ゆびきりや注連縄飾り円なる 小 夜
★神前や神事の場に不浄なものの侵入を禁ずる印として張る縄であるが、一般には、新年に門戸や神棚などに張る。昔は離れの部屋や蔵は勿論のこと水神や竈の神から厠の出入り口まで、新藁を左綯した注連縄が家々を飾ったものだ。一年の悪い出来事の持越しを禁じ、新年への慶事来復を祈るのだ。飾り終はった喜びを「円なる」と捉え、慶事来復を「ゆびきり」に託したのがお手柄。いい年に成りますよ、小夜さん!(竹野子)
初春を楕円の花器に盛にけり acacia
★若き日のこと、美術の先生が「初めに白いハンカチを開いたまま見せ次に、二つ折りにしたハンカチをさらに捩って見せて」芸術的な方や如何?丸で禅問答のようだが、後の方が正解である。丸型の花器も円満具足の安心感が得られるが、この句の眼目である「(初春を)盛り付けた」心の働きが「楕円の花器」に拘ることでさらに豊かさを増し、鑑賞者の想像力が増幅される一句となった(竹野子
雪ん中蔓円形に手繰りよす acacia
★雪の中の蔓を手繰り寄せるのはなかなか難しい、慎重に手繰るうちに見事な円となった。雪の悪戯。(もとつぐ)
日溜まりの円き鏡や十二月 中村光声
★忙しい師走に誰かが日溜まりに小さな円い鏡をおいてある。おや誰の鏡か。さっき幸子が一心に鏡を見ていたっけ。あの子ももう年頃になったっけ。さて忙中閑あり一息入れるか。(もとつぐ)
円錐はサンタクロースピラミッド 徳子
★そういえば、クリスマスツリーはいつでも円錐形。樅の木がそうした形の樹木でなかったら、クリスマスツリーには選ばれなかったのではないだろうか。ところで、この句はサンタクロースのピラミッドと言っているのではない。サンタクロースピラミッドという造語に仕立ててある。クリスマスをやや距離をおいて眺めている作者がいる(喜代子)
凍星を映して円き水平線 中村光声
★星とその真下の水平線を力強いタッチで描いた作品。それだけならよくある風景である。掲出の句は「写して円き」の叙法の適確さが要になって、広大な海とその奥行が感じられる。人事句の多い今日の俳壇では貴重な一句である(喜代子)
こがらしや円陣の声よくとほり 廣島屋
★敗色濃厚、全員で敵陣に攻め込もう。キャップテンの声がひときわ高い。(もとつぐ)
★一読状景に引き込まれます。こちらは襟を立ててグランドの脇を通るとき、競技者と一つところで応援するとき、冷たい風をものともせぬ若人の気合。身近な経験が木枯らしという少々賑やかな、木の葉の混ざった風の季語により生かされた佳品と思います。(恵子)
白白と浮きゐし冬の月円か 横浜風
★虚構の風景かも知れない。しかしあり得る現実の美しい夜景が浮かび上がってくる。(もとつぐ)
あかぎれの手に五円玉紙芝居 石田義風
★戦後間もない頃、人々の心も荒びがちな日常にあって、何時頃からか薬師堂の境内で飴売りのおじさんが、「花咲爺」の御伽噺を紙芝居で見せてくれた。飴を舐めながらの紙芝居は、子供にとって楽しい一時であり思い出いっぱいの「五円玉」である。上5の「あかぎれの手」が往時をよく偲ばせてくれる。 (竹野子)
★あかぎれと紙芝居で一気に子供の頃へタイムスリップ。暖房といえば炬燵と火鉢。霜焼け、あかぎれ、ひび、で子供も大人も手が荒れていた。それから思うと現代は夢のような状態である。でも、失ったものも多くあり、紙芝居もその一つである。いつもの時間にカチカチという拍子木が聞こえると、不潔だからとしぶる母の手から五円玉をもらい、駆けつけた。水あめを棒に巻きつけるのを眺め、口に入れ、紙芝居の始まるのを待って胸をときめかせていた時間を思い出す。紙芝居の小父さんは子供の目にはお爺さんに見えたけど、本当はずっとずっと若い人だったのかもしれない(禎子)
円相や冴え冴えとある冬の月 平田雄公子
★勅撰和歌集の部立てのひとつに釈教歌があり、月影に悟りの境地を求め、西方浄土を願う和歌が多く見られます。円相は禅で悟りの象徴として描く円ですが、それを冬の満月と重ね合わせる作者のこころにその昔の釈教の和歌のの趣をを俳句にしたためた感じがいたしました。(千晶)
円蓋に吹き溜まりたる落葉かな 大木 雪香
★ふと商店街のアーケードを見上げたり見下ろしたりするときプラタナスの大きな葉や、欅のさまざまを見かけます。円みを帯びたところであればなおさらのこと。自分ではどうする事も出来るわけではありませんが、みてしまったものを拾い上げ、一句になす基本的な大切さを知りました。(恵子)
円周率に縁なき暮らし日記買ふ たんぽぽ
★円周率とは、円周の長さとその直径との比、または円の面積と半径の平方との比のことで、近似値は3.14159である。近頃の学校では、近似値を「3」で教えられているようである。如何なものかと思うが・・・。 大方の人びとの暮らしには円周率など縁のないものであろう。下5の「日記(帳)買ふ」に新年への意気込みが窺える、良い年でありますように・・・。(竹野子)
冬の月円形劇場照らしけり 中村光声
★円形劇場とは建物の場合というより、円形の舞台のある野外劇場と解したい。円形の舞台をとりまく階段状の客席も石作り。誰もいないその舞台と観客席の真上の月の光が、これから始まる芝居のモノローグのように存在感を持つのである。(喜代子)
円卓をくるり回して忘年会 曇遊
★決して抽象ではないのだが、それにちかい簡略な表現であることに感心した。しかも、忘年会の中心に焦点をあてているので、円卓のまわりの仲間達も想像できて、お互いの交流も想像できる。円卓の円が兼題であることが紛れてしまうほど、ことばが収まっている。(喜代子)
円卓に手話はづむらし聖誕夜 たかはし水生
★日常の中で手話が必要な人達もいる。そうした場が円卓の上で繰り広げられているのである。勿論、相手も手話で会話が往き来していて、さながら円卓が手のための舞台なのである。「はじめに言葉ありき」は聖書の冒頭のことばだが、円卓の上の手話には、神も加わっているのかもしれない(喜代子)
白鼠円の虜に外は雪 半右衛門
★枠の中をひたすら走りつづける 白鼠倒れるまで続くのか。外の雪、宿命的な世界か。(もとつぐ)
恋猫の円熟知らず夜を奔る 三千夫
★老いて益々お盛んなる高齢化社会の中の寝物語とおぼしきか、猫の恋の季節ともなれば我が小家の周りも騒然として来る昼夜を問わず場所を選ばず猫の恋ほど激しいものはなかろう。中七「円熟知らず」の措辞によって恋の道の奥深さを感じさせてくれる。(竹野子)
頑なに五円を投げて初詣 岩田勇
★五円は御縁か。その頑なさがよい。どこかで5円玉に両替しようか。(もとつぐ)
★特別な信仰心があるわけでもないのに、初詣には行列ができる。人は、何かにすがり縁起を担ぐことによって未来へ希望を繋ごうとするいと弱きものなのだ。今年は子年である、鼠の子沢山に綾かって豊かな恵みにあずかりたいもの、されど賽銭は、いつも縁起のよい「五円(御縁)」と決めている作者。上五「頑なに」の措辞がよく効いている。(竹野子)
方円の器重ねて年暮れぬ 三千夫
★昔ながらの勝手風景であれば重箱や屠蘇の器、漆の塗椀等々、身近な想像もあろう。しかしながら掲句方円の器にはそれなりの越し方が詰まっている重みを感じるのである。この一年だけではなく、重ねての言葉が、歳月を深くしている。(恵子)
ボーナスやバランス悪き円グラフ 大木 雪香
★バランス悪きとは日頃の生活費を円グラフにして眺め、食費の割合が高いのでそう思ったのでしょう。生計費中に占める食費の割合をエンゲル係数という。この係数が高いほど生活水準が低いそうである。この句の場合、ボーナスで補うことができて幸せである。近頃は年間契約でボーナスもでない環境で働くことが多いようである。まして、年金で暮らす人たちにはボーナスは無縁である。ボーナスを貰えるうちが人生の華でもある。(禎子)
円ひとつ太く大きな年賀状 半右衛門
★いよいよ師走も半ばとなり、ただでさえ忙しいのに、年賀状も書かなくてはならないとますますあわただしさがつのります。いただいた年賀状に円を墨で太く書かれたものがあったのでしょう。円相は禅では悟りの象徴として書かれます。年賀状ひとつにもこんな心穏やかな境地があることに気づき、忙しさに心をなくしていた自分を思わずかえりみたことでした。(千晶)
崩れおる円墳小径冬ざるる 西方来人
★古墳にも大小がある。埼玉県行田には大きな古墳が幾つもあって有名だが、掲出の古墳は多分それほど大きくも無く、保護もされていないのではないだろうか。古墳なのか、塚なのかも判別できないまま、いつの間にか消滅してしまうこともある。夏の間は草木が地を覆って、その崩れも見えないのだが、冬ざれになると容赦なくその崩れが顕わになる。その崩れた古墳にも小径にも冬日がいっぱい溢れているのだろう。(喜代子)
山眠る円上がろうが下がろうが 岩田勇
★地球温暖化の証左であろうか、我が家の小庭は(12月17日)、もみぢの紅葉が今を盛りにその枝振りが朝日に映え、根元では叡山すみれが五つ六つ可愛いさを競う。傍らには、水仙が莟をつけている正月の生花に間に合いそうだ。原油高・円高など外国人投資家の日本離れによる株価の低迷、日本経済の見通しは暗い。そんな世相を気にもせず泰然自若の風貌が偲ばれる。「山眠る」の季語が利いている。(竹野子)
予選句
| 公園に円き空ある梅日和 | 中村光声 |
| 円かなとんでとんでと春きざす | 曇遊 |
| 早春や母なる海の円き音 | 中村光声 |
| 春の月シャトー渋谷の円窓に | 中村光声 |
| うららかや親子野球に円弧描く*** | 西方来人 |
| 初明り同心円の兄妹 | 祥子 |
| 梅が香の円座のひととなりにけり | 中村光声 |
| 春銀河生あるものの円運動 | 中村光声 |
| 双丘の円きに翳り冬の月 | 西方来人 |
| 照り映えて円き氷柱や水遊ぶ | 西方来人 |
| 初場所や大円描く大相撲 | 半右衛門 |
| 天窓に円月冴ゆて過ぎにけり | 西方来人 |
| 追羽根の風に吹かれている円弧 | みどり |
| 人生は円運動と炬燵守り | 西方来人 |
| 庭先に円満具足雪間かな | 曇遊 |
| 円空仏溢す微笑の余寒かな | 中村光声 |
| 寄せ鍋をぐるり見守る円満家族 | みどり |
| 凍土行く円という字の冷たさよ | acacia |
| 音も無く円きドームの雪滑 | 西方来人 |
| 瑠璃の星漆黒の宇宙旅の円 | 小夜 |
| 方円の器に波紋月冴ゆる | 西方来人 |
| 嬰児の円かな睡り御慶かな | 玉裳 |
| 水平線とは円い線冬ぬくし | 閑魚 |
| 円熟の極みと褒めつぶり大根 | 華子 |
| どよめくや円に現る冬銀河 | 西方来人 |
| 上空の円盤応え虎落笛 | ミサゴン |
| 葉牡丹の煌く朝の円き影 | 中村光声 |
| 円窓にあふれて迫る蝋梅花 | 閑魚 |
| 円卓に子ども五人のお年玉 | ハジメ |
| 凍蝶の黒き瞳は円きまま | 中村光声 |
| 円満に別れしのちの寝酒かな | 閑魚 |
| 寒雀うたう円山音楽堂 | 曇遊 |
| 円きなる丘陵白し冬銀河 | 西方来人 |
| 木枯らしや円柱削る数世紀 | 西方来人 |
| 冬の陣偲ばれる此処法円坂 | たか楊枝 |
| 子ら孫らそろへば円座大つごも | たか楊枝 |
| 初刷りの円の特集読み返す | 祥子 |
| 一円をつみつみ積みてはかりごと | 小兵衛 |
| ひやひやと円し牛乳瓶の口 | 戯れ子 |
| 宇宙より円盤来る夢始め | 蛙 |
| 初夢のむかし昔の楕円かな | 岩田 勇 |
| 水槽に生きる海豚の円舞曲 | 隠岐灌木 |
| 怪しげな鴉の円陣冬田なか | 森岡忠志 |
| 雪催ひ父の帰りを待つ円居 | 森岡忠志 |
| 正月に円卓囲み父偲ぶ | 絢心 |
| 円高の恩恵もなきお正月 | さわこ |
| 円盤の時雨を切つて飛びにけり | ハジメ |
| 大赤円真冬の海に沈み行 | 半右衛門 |
| 一円を負けろ負けぬの師走かな | 西方来人 |
| 円蓋に吹き溜まりたる落葉かな | 大木 雪香 |
| 円陣を組んでおしくらまんじゅうだ | 曇遊 |
| 円陣の解かれどよめくサッカー場 | たんぽぽ |
| 円高の恩恵皆無の寒さかな | 岩田 勇 |
| 鎌倉の御仏円か小鳥くる | 岩田 勇 |
| 禁猟のかも円陣を組みてをり | 岩田 勇 |
| 万籟の障子を隔て円かなり | 三千夫 |
| レノン忌や円形メガネの迷子めき | 三千夫 |
| 円無限果てしなき闇冬銀河 | acacia |
| 角立てず丸の円満鏡餅*** | 半右衛門 |
| 巨大円大地に刺さる冬の虹 | 半右衛門 |
| 一円の無数に光るクリスマス | 半右衛門 |
| 山里に円卓あれど寒さかな | 半右衛門 |
| π友に円の面積冬講座 | 半右衛門 |
| 円満の過ぎれば怪し冬銀河 | acacia |
| 初雪やアポロニオスの円描く | 曇遊 |
| 木枯らしや古老の背を円く吹き | 西方来人 |
| 時雨るや荒川の面に一円相 | 三千夫 |
| 脱毛の円形となる十二月 | 半右衛門 |
| 冬星座円周率の無限かな | 半右衛門 |
| 円で買うガソリン高し年の暮れ | 西方来人 |
| 久方の雪一円に十方に | 三千夫 |
| 冬の日や円空仏照らしをり | 西方来人 |
