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恋文といふ焔あり春の宵  じゅん

★作者からまず送られてきた俳句は「恋文といふ焔をば持ち歩く」であった。投函しようかしまいか、その焔の固まりのような恋文を「持ち歩く」姿に圧倒され、季語がないことにさえ気づかないほどであった。ひきかえ、前作訂正と前書きされた掲句は、その恋文を胸に抱き右往左往する作者から、一歩距離をおいて恋文を見ている。しかし、どちらも作者が「焔」と称するように、恋文にはそれ自体が生命を持ち、息づくような非現実感がある。だからこそ現実に戻った作者が、一度封をしてしまった恋文を前に少々持て余している姿もまた、理解できるのである。(あき子)

尾灯追ふいよいよ雪は深まれり  正

★車を走らせているものにとっては、視界に入ってくるのはただただ、前を行く尾灯の中に舞う雪片だけである。灯を求めて舞い込む雪は、生き物の勢い得て怖れさえ湧いてくる。目をそらそうとしても、全ては闇が包んでしまって、まるで、異次元に誘い込まれる入り口のようである。テールランプを追うのは、もちろん走車の中の作者自身である。そして、作者の車のテールランプも、また後方へ光をのばして、きりもなく雪片が襲っている筈である。(喜代子)

龍舌の野火千切れては追ひ縋る  けい

★火は怖いものであり、懐かしいものであり、必要なものである。「龍舌の野火」とは、それだけで勢いが想像できる。水が水を制するのかどうかは知らないが、火は火を制することができるらしい。古事記のなかに、倭建の命が野原で火に追われる個所がある。それは、この句のような情景であったろう。命は自らも火を放って、迫ってくる火と闘わせた。そう言えば、アフガニスタンの戦禍には、焼けるような草も生えていなかった。(喜代子)

火を囲む海女の声高春近し  ぎふう

★海女の仕事は、死を隣り合わせに感じる過酷な労働である。海からあがった海女の顔はとても厳しい。しかし、女同士が火を囲み、ひと段落つけば誰からともなく、家族の話が出るのだろう。受験や卒業、上京と春の話題が浜辺で交わされ、海女たちの顔は厳しさから徐々に解放される。濡れた身体が乾くにつれ、海女たちは、母や妻の顔に戻っていく。(あき子)

恋猫や昼行灯に活を入れ  顎オッサン

★「昼行灯」と恋猫との取り合わせには笑ってしまった。「昼行灯」というからには大の大人が猫に活r?を入れられているのである。うららかな春の昼下がり、縁側でのんびりしていると、「ちょっと、邪魔!」とばかりに恋猫が邪険に通り過ぎてゆく。さらには「そこらの猫だって、こうしてやることちゃっちゃとやってるんだよ、それをお前ときたら、日がなぼーっと」なんて小言落語の世界が広がってしまう、そんなおかしさが溢れている。(あき子)

行く人に寄ってゆけやと焚火番  RICKY

★焚火が燃え尽きるまで火のそばを離れられないのが焚火番である。人はかわるがわるに足を止め、ひと言、ふた言交わし、また去って行く。焚火をはさむことによって、見知らぬ人と始まる唐突な会話に不自然さがなくなる。こうして、誰彼ともなく話しかける焚火番は、流れる時間の中に置かれた島守のような存在として、焚火の前に立ち続けるのである。(あき子)

埋火に炭をついでは家守る  ゆうゆう

★「埋火」、それだけで、情感の湧いてくることばだと思う。火力を落とすために、灰のなかに埋めておいた火は、ふたたび掘りおこすと、キラキラと輝きはじめる。昨日も、その前の日も、そうやって、炉に屈んでは火を新しくしてきたことに思い至る。生きて行くということは、そうした何でもない所作のくり返しなのである。(喜代子)

春浅し焔を揺らす話かな  中馬道子

★焔は怨みや嫉妬の象徴にすることもある。ここでも「焔を揺らす話」、という心象の世界を覗かせている。読む人ごとにさまざまな物語が生まれ、さまざまな焔を育ててゆく作品である。たとえば、最近の源氏物語を映画化した「千年の恋」、など。あの時代の人々は、灯と火に寄り添って生活があった筈である。「春浅し」のことばにつづく焔の色が、虚実の間を行き来して、いきいきと息づいて見えてくる。(喜代子)

不死鳥は焔より生れ久女の忌  宇都宮南山

★「ホトトギス」で頭角を表しながら、久女の生涯は幸せではなかった。松本清張の小説「菊枕」の主人公「ぬい」は、久女をモデルにしているといわれるが、その狂女めいた書かれ方もかなりひどい。しかし、その生涯の痛々しいほどの俳句への情熱を思う時、たしかに火口から舞いあがる火の鳥の姿を見ることができる。久女の代表句「足袋つぐやノラともならず教師妻」にも、「なれず」ではなく「ならず」だったことに、彼女の意志ある選択を強く感じるのである。(あき子)

がうがうと戦火の年の暮れにけり  平田雄公子

★2001年はアメリカの対テロ戦争で塗りつぶされた、と言ってもいい。その是非は別に置いても、戦火を受けた人々の姿は痛ましい。作者はその光景が胸中から離れることがないままの年の暮れを、作品化している。「がうがうと戦火」そのままの年末、それでも確実に新しい年はやってくるのである。(喜代子)

地獄絵の焔鎮もり月更くる  やすか

★一度瞳に焼き付いてしまった地獄絵の炎が、ひとりきりの時間にふたたび作者を襲っているのだ。わさわさと胸が鳴り、寝返るたび燃え立つ炎に、まるで地獄絵に描き加えられてしまった錯覚に包まれる。さえざえと上がった月が、地獄から見上げた天空の穴にも思え、蜘蛛の糸を待つかのように眠りに落ちていく。(あき子)

巨き火焔遠巻きにして去年今年  米川五山子

★去年今年、それは昨日と今日。作者の目の前に、実際に大きな炎が立っているのかもしれないが、この句を前にする時、火焔を遠巻きにしていた太古の人々の姿を思わずにはいられない。人類が初めて火を扱い、そして進化へ繋がった、そんな昨日と今日に思えてくる。大きな大きな去年今年の風景である。(あき子)


予選句

通い猫瞳の灯し闇に消ゆ くらたゆきひろ
コンビニの灯台如く闇街に 信之介
その土の蒼き焔を雪晒 両切煙草子
雪国の児の目に写し雛の灯 じゅん
臘梅の金の灯のすこし揺れ ゆうゆう
春の夜の炎三回狸の背 佐分靖子
自販機の春の灯火メール打つ佐分靖子
家の灯やふわりと軽き石鹸玉顎オッサン
火事の火の赤より赤き消防車松木 元
備長炭鎮まる焔部屋の隅村前憮渉
古札を火番に渡す除夜詣RICKY
冬灯今日できることやれること村前憮渉
ガスの火の透ける碧さや冬の雷宇都宮南山
冴ゆるかな原子(ウラン)の焔沈沈と平田雄公子
身の焔やがて無心に冬怒涛ぎふう
焔尽きし少女昇天雪降り積む米川五山子